声優・井上喜久子、初の自伝エッセイ。“永遠の17才”を貫く生き様

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公開日:2022/11/5

井上喜久子17才です「おいおい!」
井上喜久子17才です「おいおい!」』(井上喜久子/主婦の友インフォス)

 声優・井上喜久子さん初の自伝エッセイ『井上喜久子17才です「おいおい!」』(主婦の友インフォス)が刊行され、本人のSNSには、「考え方、生き様、全てに愛と品と優しさがある」「泣きました。感動しました」など、声優仲間からの声が寄せられています。

 井上さんは、TVアニメ『らんま1/2』の天道かすみ役でブレイクし、1990年代の声優ブームを牽引する存在に。『ああっ女神さまっ』ベルダンディー役、『ふしぎの海のナディア』エレクトラ役、『しまじろう』しまじろうのお母さん役、『はたらく細胞』マクロファージ役など、現在に至るまで、多くの作品に出演しています。

 そして井上さんといえば、“永遠の17才”。「井上喜久子17才です」と自己紹介をして周りが「おいおい!」と返す、というお約束の挨拶があり、それがエッセイのタイトルにもなっています。本書を読むと、いつまでも変わらない美しい声とお姿だけではなく、その生き様にも“永遠の17才”の秘密が隠されていることが伝わってきました。

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周りから求められて生まれた17才教

「井上喜久子17才です」の挨拶は、当時16才の現役女子高生声優だった山本麻里安さんとのラジオで、山本さんに続き、「井上喜久子16才です。おいおい」と台本通りに挨拶したことがきっかけになって生まれたとか。番組の公開録音でも自然と言うようになり、他の場所で自己紹介をするときも同じように挨拶をしていたといいます。

引かれることもあったと思いますけど、「笑ってくれたからいいか」と気にしませんでした。そのうち、アニメの初回の収録で内輪でご挨拶するときも、「井上喜久子、17才です」と言うのを期待されている空気を感じるようになりました(笑)。

「17才」と挨拶することに何の抵抗もなかった井上さんですが、この挨拶は、自己アピールというより「周りに楽しんでほしい」井上さんのサービス精神の賜物だったようです。「おいおい」と周りがツッコミを入れることで、井上さん自身も笑顔になれるらしく、コミュニケーションツールにもなっていたことがわかります。

 最初は井上さんひとりだった“永遠の17才”ですが、ある日、田村ゆかりさんから「私も17才と言っていい?」「17才教に入っていいの?」と言われたことで“17才教”という言葉が生まれ、声優業界で17才教が広まっていったそうです。

どんくさい“リアル17才”から強い想いを秘めた20代へ

 優しく上品で完璧に見える井上さんですが、じつはいつも人と比べて「自分はダメだ」と思ったり、どんくさかったりするコンプレックスを持って生きてきたとか。声優を目指すきっかけになったのは、教育者を目指して短大に通っている頃に見た『アタックNo.1』の再放送。「私、声優になりたい!」と雷に打たれたような気持ちになり、そのまま声優を目指す専門学校に入学。それまでの穏やかな学生時代とは違い、並々ならぬ強い意志を持って授業にのぞんでいたそう。

(専門学校の)教室でフワッと座りながら、心の中では「この中で一番になる!」という想いを、ものすごく秘めていました。怖いですね(笑)。

 その努力が報われたのか、声優になり、さまざまな作品に出演。本書には、過去の代表作や忘れられない一作などのエピソードがたっぷりと語られています。筆者は思わず懐かしくなって、ネットで昔のアニメの動画を見漁りながらエッセイを読み進めていました。

(『ああっ女神さまっ』では)ベルちゃんの神々しさを出したい。かと言って、そこを出しすぎると近寄りがたくなってしまうから、温かみも欲しい。(中略)とにかくちょっとでも気を抜くと、理想のしゃべりが崩れてしまう。(中略)緊張しっぱなしで、1話録り終わるとドッと疲れが出ましたね。

 あの神々しく温かいヒロイン・ベルダンディーの声は、井上さんの熱い想いがそのまま現れたものだったと知り、感動とありがたみがさらに増していくようでした。井上さんの陰には常に努力があり、その努力に裏付けられた実力と人気があるからこそ、後輩に慕われ、“永遠の17才”が増え続けているのではないでしょうか。

“永遠の17才”は生き様

 お姉ちゃんであり、17才教の教祖であり、何十年も変わらず作品に出演し続ける人気声優である井上さんは、努力と、周りへの感謝の塊のような人だということが、本書から伝わってきます。「人を楽しませたい」という気持ちも強く、まさにエンタメ業界にいなくてはならないお方。かつては明確な理由もないまま、導かれるように声優を目指したということですが、この奇跡のような出会いに、エンタメファンである私たちは感謝するばかりだと感じます。

 今のキャリアに登りつめるまでの生き様も綴られているので、声優ファン、アニメファン、吹き替えファンならずとも、人生の教訓を学びたい人にもおすすめです。

 声優仲間から見た「私たちが見たきっこさん」のページには、「聖母マリアのよう」(by 日髙のり子さん)「優しい女神お姉様」(by 田中理恵さん)「こんな先輩になりたい!!」(by 水樹奈々さん)など、名実ともに秀でて声優仲間や後輩から慕われる井上さんを表すような言葉がたくさん並んでいて、井上さんが“永遠の17才”を貫ける理由がわかったような気がしました。

今、17才教は変わり目だと思っています。これまでは男性に「入りたい」と言われるたびに、「ごめんね。甘酸っぱい感じでやりたいから、女子しか入れないんだ」と言ってきて、(中略)最近考えが変わりました。これからは男性でも誰でも入れるようにしたいと思っています。時が満ちました(笑)。

「17才は年齢じゃないの。生き様なの」と語る井上さん。今は歳を重ねることが面白く、老後の楽しみも増えているのと同時に、若い気持ちを持っているからこそ無限の可能性が広がり、年齢を重ねてからの失敗も笑って乗り越えられるのだとか。

 この心の持ちようは、私たちにも真似できるのではないでしょうか。筆者も自分の名前の後に「17才です」とつけて、つぶやいてみたら、井上さんにそっと背中を押してもらえるような爽やかで優しい風が心の中を吹き抜けるようでした…!

“熟した17才”の魅力が詰まった本書。声優を目指したい人にも、最近挑戦の心を忘れている人にも、学びがいっぱいです。

文=吉田あき