ドラマ『silent』にも登場! 2000年代片思いマンガの金字塔『ハチミツとクローバー』

マンガ

公開日:2022/11/18

 話題のドラマ『silent』、第3話冒頭のモノローグ「青羽が好きっていうから見た映画『人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった』って、何だそれって思ってたけど……」。このセリフにピンときたり、「聞いたことあるな」と感じたりした方も多いのではないでしょうか? そう、この“映画”とは嵐・櫻井翔さん主演の『ハチミツとクローバー』のこと。原作マンガの連載開始は2000年と20年以上前になりますが、今読んでも色あせない名作です。本稿ではそのマンガ『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ)の魅力を紹介します。

 本作の舞台は、東京のとある美術大学。そこに通う男女5人の友人たちを中心とした物語です。ストーリーの主軸は恋愛、それも片思い。主人公の竹本が大学2年の春、同級生の花本はぐみに出会い、一目で恋に落ちるところから物語はスタートします(それを見ていた友人・真山の言葉が冒頭の「人が恋に落ちる瞬間……」のモノローグなのです)。一目ぼれしたものの、しかし竹本ははぐみの天才的な美術の才能、そしてそれに付随するプレッシャーとひとり闘う姿に圧倒され、自分の凡庸さやふがいなさが目について、気持ちを伝えることができません。一方はぐみは無意識のうちに同じく突出した才能を持つ人間・森田と惹かれ合うように。

 初めて森田とふたりで出かけたはぐみが、森田の前だとご飯も食べられず、買いたいものも思い出せず「ちっとも楽しくなかったよ」と悲しげに話していたと人づてに聞いた竹本。自分の前ではいつもいきいきしているはぐみを思い返し「オレばっかり恋してたんだな」と竹本が感じるシーンは、切な過ぎてこちらの胸がつぶれそうになります。

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 もうひとりの女の子・山田は初登場時から、すでに友人のひとり・真山に振られているという珍しい設定で登場。真山はアルバイト先の社長のことを想っていて、山田の気持ちを受け入れることができません。それでも何かと顔を合わせる機会もあり、素直に気持ちを向けてくる山田を無下にもできない真山。それどころか山田に好意を寄せる人物が現れると、山田から遠ざけようとする始末。そんな中途半端な態度をとる真山のことを嫌いにもなれず、「あきらめるってどうやればいいんだろう」と苦しむ山田。山田の苦い恋は、一度似たような経験をしたことがある人には、感情移入が止まらないはず。

 そして本作のもうひとつのテーマは、“自分探し”です。やりたいことが見つからなかったり、やりたいことがあるからこそ苦しんだり。“大学生”という期間限定の身分の中で将来について考え、やがてそれぞれの道を見つけていく登場人物たち。竹本は先にも述べたように、はぐみの才能を目の当たりにし、特別な才能もなくやりたいこともない自分に劣等感を抱きます。その上就職試験にもことごとく落ち、やっと内定した企業は倒産。落ち込む日々を送る中、竹本は突然の思いつきから、自転車で“日本のつきあたり”を目指すことに。その旅の中で人々と出会ったことをきっかけに、やりたい仕事を見つけます。美大という特別な環境に身を置く彼らほどではなくても、誰にでも無限に広がっていた未来から、自分の才能と向き合い、道をひとつ選ばなければいけない時期は来るもの。本作にはそんな自分を見つめ直さざるを得ない時期だからこその焦りや不安、他者への憧れとときめき、劣等感……複雑な感情が詰まっていて、いくつになって読み返しても、その時の感情を思い返すことができます(連載時大学生だった筆者も今回再読し、当時と同じ熱量で号泣してしまいました)。

 現在青春真っただ中の世代にはもちろん、とうにその時期を過ぎた大人にもおすすめの一冊です。

文=原智香