ひったくり犯の正体にたどりついた、その先にあったのは…犯罪に手を染めてしまう境界線の脆さを真摯に描く力作
公開日:2022/11/13
なるほどそういうことだったのか、の連続で、一度読み始めたら最後、ページをめくる手を止められなかった。ひったくり犯の行方を追う大学生と高校生のコンビが、やがて巨大詐欺グループの領域に足を踏み入れていく小説『金環日蝕』(阿部暁子/東京創元社)。語り口は軽快で、テンポよく飛び交う会話もユーモラス。それなのに、いやだからこそか、時折差し込まれる切実な一文が胸に突き刺さり、登場するすべての人たちが背負う人生に、想いを馳せずにはいられない。
発端は、大学生の春風が、近所に住む老婆・サヨ子が男に荷物を奪われる現場に遭遇したこと。そして男の落としたストラップを手掛かりに、やはり現場に居合わせた錬という高校生の少年とともに、行方を捜し始めたことだ。春風が持っているのと同じそのストラップは、大学の写真部が販売したもので、ふたりは案外あっさりと持ち主である鐘下実にたどりつくのだが……。
物語は、一筋縄では進まない。次に登場するのが、理緒という少女。高齢女性の家にあがりこんで“情報”を収集するバイトをしている彼女は、どうやら、危ない橋を渡っている。鐘下ともかかわりのあるらしい彼女の視点で、カガヤという謎の男が仕切る詐欺グループの実態が垣間見えてくる。いけないことだとわかっていても、犯罪に手を染めてしまう人たちの心理も。
お金なんていくらあってもさびしい、と言う高齢女性に理緒は〈生ぬるい〉と思う。〈さびしくたって人は死なない。でも、お金がなければ確実に破滅するのだから〉と。自分の仕事がなんのためのものか知らされていない理緒だって、それがよくないことだということくらいはうすうす察している。だが、地道にバイトするだけではどうにもならないところまで彼女は追い詰められていた。どんなに好意的で親切な大人も、直接援助してくれるわけじゃない。自分だけでなく、母親と妹を生かすためにも、理緒の選べる道はひとつしかなかった。そして、ただひとり、生きるための道を提示してくれたカガヤに、理緒は心酔していく。
ただ普通に生きていただけなのに、ある日突然、理不尽に日常を壊され、やり返すことも日常を取り戻すこともできなかった人たちに、いったい、何ができるのだろう。カガヤの存在を知った春風は、金環日食にたとえ〈中心は暗闇に沈んで何も見えないのに、その輪郭だけが強烈なかがやきを放つ〉存在だと思う。だがその暗闇は、春風のなかにだって、あるのだ。暗闇にみずから浸かり続けることでしか、自分を保てなくなってしまう脆さ。奪われたのだから奪えばいいと自分を正当化してしまう弱さ。“しょうがなかった”で済ませられないけれど、そう言うしかない現実を、本作は丹念に紡ぎあげていく。
暗闇に引きずり込まれないために、私たちにはいったい、何ができるのだろう。自分だけじゃない。身近にいる人たちに、何があっても、一線を踏み越えさせないために。ひたひたと忍び寄る絶望の気配をかき消す希望の光に救われながら、彼らの生きる未来のことを考える。
文=立花もも