翁面をかぶった男に脱出不可能な家に閉じ込められ――「読書の秋」にオススメの、ホラー&ファンタジー短編集
公開日:2022/11/11
吹き抜ける風が冷たくなり、すっかり秋めいてくるこの時期、毎年、手に取りたくなる小説がある。それが、ちょっぴりゾクっとする短編小説が3作収録されている『秋の牢獄』(恒川光太郎/KADOKAWA)だ。
本作に触れると、夏に読む怪談話もいいが、秋の夜長にホラーファンタジーを読みふけるのも乙なものだと、しみじみ思う。
作者はデビュー作の『夜市』(KADOKAWA)で日本ホラー小説大賞を受賞した、恒川光太郎氏。同作以外にも、『草祭』(新潮社)や『雷の季節の終わりに』(KADOKAWA)など、短編、長編問わず、1ページ先の展開が読めないホラー&ファンタジーを多く生み出している。
作者の作品はただ怖いだけでなく、登場人物の心理描写を通して、人間の弱さや強さなどを描き、心に深く残る。
本作でも、その作風は健在。書籍名に「牢獄」とあるように、「閉じ込められる」をテーマに、唯一無二の世界観で読者を魅了する。
「翁」の面を被った男に家守を押しつけられて…
収録作の中でも、特に筆者が心惹かれたのは「神家没落」という物語。友人宅で酒を飲んだ帰り道、「ぼく」は少し遠回りをして、近所の公園へ。しかし、なぜか見覚えのない民家に辿り着いてしまった。
引き返そうとするも、額に3本の皺が刻まれた「翁」の面を被る男に呼び止められる。男は、「お待ちしておりました」と言いながら縁側に座るように促し、信じられない話を始めた。
男によれば、この家は数百年も前から秘密裡に村で代々守ってきた神域なのだそう。5つの時から20年以上修行し、25の頃この家に入った男は、習わし通り60になったら、村の子どもたちから選ばれた次期継承者に家守の役目を譲る予定だった。
ところが、なぜか後継者は現れず、交代の時期を越えても、この場所を離れられなくなっていたのだという。
そんな時に見たのが、「ぼく」が家にやってくる夢。以来、ずっとこの日を待ちわびていたのだそう。
当然、そんな話を信じられない「ぼく」は帰ろうとする。だが、次の瞬間、男は翁の面だけを残して消え、「ぼく」は家の敷地から出られなくなってしまった。
こうして、「ぼく」は脱出できない日々に絶望し、ひもじさと闘いながら暮らすハメに。そんなある日、なんと家が勝手に移動。どうやら、家の移動には規則性があり、日付ごとに定められた出現位置があるようだった。
しかし、相変わらず脱出はできず。悩んだ「ぼく」は、翁の言葉や行動を思い返しひらめく。敷地内に2人いれば、家守の役割を交代し、1人は出ていくことができるのではないか、と。
誰かが迷い込んできたら、会話を要求し、敷地内に誘い込み、縁側に引き留めて脱出しよう。そう考え、「ぼく」はチャンスを待つことにした。
そして、ついにその日がやってくる。「ぼく」は企み通り、爽やかな銀縁眼鏡の男に家守を押しつけ、脱出に成功。半年ぶりに、現実社会へ戻ることができた。
だがその後、日付ごとに決められたあの家の出現予定先で、女子高生の失踪事件が発生。しばらくして、翁の面を被った男が小学生を刃物で切り付けるという痛ましい事件が起こり、失踪していた女子高生は他県で遺体となり、発見された。
事件はその後も止まらず。「ぼく」は一連の事件の背景には、あの家や自分が家守を押しつけた男が関係しているのではないかと思うようになった。
とんでもない人間に家を譲ってしまったことに自責の念に駆られた「ぼく」は、ある決心をして、再びあの家へと向かうのだが……?
ラスト1ページまでドキドキが止まらない、この物語には人の醜さや美しさ、たくましさなども描かれ、まさに恒川ワールド炸裂の一作。自分がもし、「ぼく」の立場だったら、どういう行動をとるだろうかと、空想しながら読み進めるのも楽しいだろう。
なお、共に収録されている「秋の牢獄」や「幻は夜に成長する」も、どこか危うい不思議な世界観と、そこに潜む人間の狂気にゾクっとできる物語なので、ぜひ読んでほしい。あなたもきっと、こんなホラーファンタジーがあるなんて…という驚きを得られるはずだ。
文=古川諭香