水木しげる氏の故郷・境港出身者が『水木しげるロード 全妖怪図鑑』をレビューしてみた!
公開日:2022/11/12
『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』など数々の作品で、妖怪の世界とお茶の間を繋いだ偉大な漫画家・水木しげる。2022年は、水木さんの生誕100周年ということで記念イベントの開催や書籍の刊行が相次いでいる。
水木さんの妖怪の世界に深く触れることができる展覧会「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展」が東京シティビューと滋賀県の佐川美術館で開催され、神奈川県の江の島では「えのしま妖怪島-ゲゲゲの縁起めぐり-」なるイベントも開催された。テレビでも特集番組が放送され、さらに記念の金貨やメダルが発行されるなど、水木作品の根強い人気を感じる。
ここで紹介するのは『水木しげるロード 全妖怪図鑑(文春新書)』(境港観光協会/文藝春秋)。妖怪図鑑であると同時に現在の水木しげるロードのすべてがわかる一冊。水木さんの出身地である鳥取県境港市にある水木しげるロードはJR境港駅から始まって約800メートルの間に177体の妖怪のブロンズ像が並び、妖怪神社や水木しげる記念館も擁する、水木ワールドにどっぷり浸れる商店街だ。
僕は境港出身で、今でも実家は境港にある。1993年に「水木しげるロード」がオープンしたとき、幼い頃から妖怪好きだった僕は勇んで見に行った。しかし、オープンした当時のブロンズ像はわずか23体。歩道の脇にポツポツと並ぶブロンズ像は、さびれた商店街をさらにさびしく見せているようにしか感じなかった。
鳥取県はこれまで、有名コーヒーチェーン店がないとか、島根との区別がつかないとか田舎で印象が薄いことをさんざんいじられてきている。そんな鳥取県の中でも境港は映画館もなく、温泉が湧いているわけでもなく、隣の米子市のように繁華街が賑わっているわけでもない。幼い頃は岡山、広島を飛び越えて大阪、東京で行われていることなんて遠い外国の話のように聞いていた。親も近所の人たちも僕と似たりよったりの感覚だったと思う。
その境港に妖怪のブロンズ像をいくつか並べたところで人が来るわけがない。確かに『ゲゲゲの鬼太郎』は国民的人気漫画だけど、水木しげるロードは人気観光地にはならないと思っていた。ところが、県外に住む友人を連れていくととても喜ぶ。鬼太郎のおみやげを職場に持っていくとウケがいい。みんなそんなに妖怪が好きだったのか、と驚いていたら水木しげるロードを訪れる観光客はあれよあれよという間に増えていった。新型コロナウイルスの影響でここ数年は落ち込んでいるものの、コロナ禍直前の2019年は年間300万人が訪れるという完全に成功した街おこしになってしまった。
境港に住んでいる人間からしたら恥ずかしいと思っていたさびれた商店街や魚臭い漁港が、逆にいいのだという。これが水木しげるの雰囲気なのだと。妖怪の街なんだと。そうだったの!? オープンから現在まで、水木しげるロードはブロンズ像を増やし、歩道を整備し、新しい施設を作ってパワーアップをし続けている。しかし、そのさびれた港町の感じもキープしている。これは狙ってではなく、境港の人の保守的な気質がそうさせるんだと思う。成功は喜びながらも心のどこかで「あげなことしてなんになあじゃ」「そげなことせんでもええ」と思っているので、年間300万人もの観光客が来てもその横で知らんぷりしてこれまで通り暮らしている。それが水木しげるロードの「いい感じ」を作っているのだ。
境港は日本海と中海に挟まれているので、少し歩けばすぐ海(湖)に行き当たる。子どもの頃、妖怪図鑑の中でも海に関する妖怪はリアリティを持って眺めていた。本書にも掲載されている「海坊主」「石見の牛鬼」「海女房」は海に現れる妖怪で、しかもすべて鳥取、島根に現れている。海の香りが漂ってくる水木しげるロードでは、ここを訪れる人も海の妖怪を身近に感じるのではないか。
身近に感じる妖怪といえば、残念ながらブロンズ像にはなっていないので本書には掲載されていないが「ぬるぬる坊主」という妖怪がいる。これも海の妖怪で境港の隣の米子に現れている。水木さんの絵では人間に捕まって木に吊り下げられている姿で描かれているが、その絵にある風景はどうしても近所の浜辺にしか見えず、子どもの頃、強烈なインパクトを残した。「ぬるぬる坊主」をぜひブロンズ像にしてほしいと思う。
境港には山がないが、水木しげるロードを少し外れて港の方に行くと、境水道を挟んで島根半島の山が目の前に見える。幼い頃の水木さんも島根半島を見て山の妖怪を想像したんだと思う。水木しげるロードでは山や森で出会う妖怪も多く並んでいる。
境港の人は亡くなると島根半島にある火葬場で荼毘(だび)に付される。今ではもう火葬場に煙突はないが、昔は煙突から煙が出ているのが見えた。子どもの頃、境港にはない山の空気に包まれながら、祖父が煙になって空に消えていくのを見ているとなんだか彼岸に来てしまったような、この世と少し切り離されたようなそんな気持ちになったのを覚えている。「呼子」は島根県に出たという妖怪だが、あのときも近くにいたのかもしれない。
妖怪は海や山ばかりでなくもちろん民家の近くにもいる。知らない間に家に入り込んでくる妖怪たちにも想像を掻き立てられた。怠け者を懲らしめる「アマメハギ」、首無し馬に乗って現れるという「夜行さん」、勝手に家に上がり込むご存じ「ぬらりひょん」、2階を覗く「高女」などなど。言い伝えが残っているのは境港の近くではないが、昔の田舎の家は普段は鍵がかかってなかったので、夕方になるとこの手の妖怪がやってくるような気がして怖かったものである。
この『水木しげるロード 全妖怪図鑑』は妖怪一体一体の出現地も記載され、解説の情報量も申し分なく妖怪図鑑としてもクオリティが高い。さらに、水木しげるロードの歴史がわかる年表や、各駅に妖怪の名前が付けられているJR境線のことや、米子鬼太郎空港のこと、さらには境港市から離れて隠岐島のブロンズ像まで紹介されている。余すところなく水木しげるロードを紹介している最強のガイドブックだ。妖怪は実際のブロンズ像と同じ分類で掲載されているのでガイドブックとしての実用性も高い。ぜひ本書を片手に水木しげるロードを歩いてみてほしい。
文=村上智基