誉田哲也の原点! 美しく凶暴なダークヒロインが江戸を駆け抜ける、「妖」シリーズのエピソード・ゼロ
公開日:2022/12/13
男を蠱惑する妖艶な目鼻立ちと、月明かりに煌めく黒い髪。血よりもまだ赤い唇。人間では到底太刀打ちできない、あまりにも凶暴な不老の身体……。あなたは、誉田哲也氏の描くダークヒロイン・紅鈴をご存じだろうか。誉田氏といえば、「姫川玲子」シリーズや「ジウ」シリーズなどの警察小説のイメージが強いが、彼のデビュー作『妖の華』(誉田哲也/文藝春秋)は、伝奇ノベル。それに登場する紅鈴は、時に獰猛、時にお茶目。そして、人間の生き血を喰らう妖でありながらも、そんじょそこらの人間どもよりも愛情深い。強さと優しさを兼ね備えた美しくも獰猛な姿は、誉田作品のすべてのヒロインの原点ともいえるだろう。
そんな紅鈴が活躍する「妖」シリーズの最新作『妖の絆』(誉田哲也/文藝春秋)がこのたび刊行された。描かれるのは、エピソード・ゼロ。紅鈴にとってかけがえのない存在となる欣治との出会いに始まる物語だ。
時は江戸時代。紅鈴は、ある寺の住職が、十にもならない少年を手籠めにしようとするのを目撃する。その少年こそが欣治。行方知れずの父親の借金の形として母親が吉原に売られてしまった彼は、妹のたまとともに住職の世話になっていた。
紅鈴とは実に不思議な妖だ。欣治を襲った住職をすぐに惨殺。喉笛を容易く食いちぎり、その粘っこい血をすする残虐さは私たちのイメージする妖らしい行動ではあるだろう。だが、欣治の身は心から案じる。そして、その母親の借金を肩代わりすることを決意し、吉原へと足を踏み入れるのだ。いくら紅鈴がすぐにでも花魁になれそうな絶世の美女であり、自らの体で稼ぐことに慣れているとしても、そこまでする道理はないはず。だが、妖には妖なりの正義、筋の通し方があるということなのだろう。凶暴でありながらも、同時に温かくもあるその姿に、いつの間にか読み手も心奪われてしまう。
この物語に出てくるほとんどの人間には、紅鈴のようなカッコ良さはない。色欲にまみれて紅鈴を求める男たちはあまりにも滑稽だし、到底許せないような非道な奴だっている。だが、ごくわずかだが、欣治やその母を救おうと奔走する紅鈴のように、誰かのためにその身を尽くそうとする人間もいる。どこでどのように体を張るか。そこにその人の矜持が現れるのではないか。一途な思いを抱えた人間たちの姿は、私たちの心を揺り動かし、そして、紅鈴の心をも揺さぶっていく。
この作品に描かれているのは、深い絆を結んだ紅鈴と欣治の最初の物語である。だからこそ、当然この作品から読み始めても面白いし、既刊の『妖の華』『妖の掟』を読めば、紅鈴の欣治への思いと、彼女の生き様にさらに胸打たれるだろう。来年2023年、誉田哲也氏はデビュー20周年を迎えるという。その原点である「妖」シリーズを今こそ、あなたも手にとってみてはいかがだろうか。
文=アサトーミナミ