いまが底辺だから「伸びしろしかない」。その心理とは?/サッカー日本代表:浅野拓磨『考えるから速く走れる ジャガーのようなスピードで』
公開日:2022/12/9
2022年11月23日(水)日本中が歓喜に沸いた。FIFA ワールドカップの初戦、優勝候補の強豪・ドイツに2対1で逆転勝利した日本! FWの浅野拓磨選手がゴールを決めた瞬間、感動して涙した方も多いのではないでしょうか。
今回は、今最も注目されてるサッカー日本代表:浅野拓磨選手の書籍『考えるから速く走れる ジャガーのようなスピードで』をご紹介します。
「誰よりも深く考えなければ、誰よりも速く走ることはできない」……。7人兄弟の3番目という大家族に生まれ、サンフレッチェ広島の10番からあっという間にプレミアリーグ・アーセナルに完全移籍した浅野拓磨選手。
”世界最速”とも評されるサッカー選手は、試合中にいったい、どんな景色を見ているのか? 海外でいま直面している悩み、そして、日本代表への強烈な思いとは――。
浅野拓磨選手の思いが詰まった『考えるから速く走れる ジャガーのようなスピードで』を、ぜひご覧ください!
※本作品は浅野拓磨著の書籍『考えるから速く走れる ジャガーのようなスピードで』から一部抜粋・編集しました
サムライのリアル② 「伸びしろしかない」の真意
本田さんについては、もう一つ印象的なエピソードがあります。
代表の選手たちは合宿中に髪を切ってもらう人が多いのですが、いつかの合宿で、いつも本田さんを担当している美容師さんにぼくも初めて切ってもらうことになりました。その部屋には本田さんと(吉田)麻也さんがいて、順番に髪を切ってもらいながら〝未来設計〟の話をしたりしていたのですが、そのときに本田さんはこんなことをいっていました。
「おれはここからもっとすごくなるよ。いまが底辺だから、ここから落ちることはない。よくなることしかない。サッカーをやめてからもすごいことになるから、お前ら見とけよ」
あれだけの結果を残しているにもかかわらず、真剣に「いまが底辺」といえる本田さんのパワーに圧倒されつつ、同時に、その言葉を聞いて「やっぱり!」と思いました。レベルはまったく違うけれど、考え方は、自分とまったく同じだったからです。
サンフレッチェ広島で少しずつ結果を残しはじめたころ、試合後のミックスゾーンで話した言葉が記事になったことがありました。
どーんと出た見出しは「ぼく、伸びしろしかないんですよ」。たしかにそういったし、本音だったのに、サンフレッチェ広島ではチームメイトからかなりイジられました。「お前、本田圭佑かよ!」と。
でも、ぼくには、どうしてその発言がイジられるのか、まったく理解できなかった。「伸びしろしかない」という言葉の意味は、「いまが底辺である」ということ。ぼくのなかでは最大級に謙虚な言葉で、まだたいした結果も残していない自分は「いまが底辺」だから「伸びしろしかない」と、本音でそう考えていました。
その言葉をイジって笑う人に対しては、「あなたはもう上り詰めちゃったんですか?」と聞き返したくなるほどでした。「伸びしろしかない」はビッグマウスじゃなく、むしろベリースモールマウスのはず。それをバカにするのは、やっぱりちょっと違うな、と。
本田さんは、昔からよく「ビッグマウス」と形容されていました。でも、ぼくはその様子を見て、本田さんに対して「ビッグマウス」と表現する人のほうがほんとうのビッグマウスなんじゃないか? と思っていた。謙虚な言葉を発している人に対して上から目線で笑うなんて、やっぱりおかしい。「伸びしろしかない」なんて当たり前のことで、それが記事になる意味もわからないし、それを読んで笑う人の気持ちもまったく理解できない。
本田さん、麻也さん、それからぼくがいた〝散髪ルーム〟で本田さんが「いまが底辺だから」といったとき、ぼくはあえて冗談っぽい雰囲気を出しながら、こういいました。
「え? ぼくもいまが底辺ですよ。でも、もっともっとすごくなって、最終的には本田さんよりすごくなります」
表面的には冗談っぽく、でも内心は本気でした。当時のぼくは日本代表における新人だったから、二人とも「お!」という感じで少し驚いていました。本田さんは「お前、面白いな」といっていましたが、ぼくはぼくで、半分本気の意志を込めたつもりです。
本田さんは、初めて会う前から抱いていたイメージどおりの人でした。ほとんどテレビで見ていただけだから、会う前に抱いていたイメージは、たぶん一般のサッカーファンのみなさんが抱いているものと同じ。つまり、本田さんのキャラクターは、ファンのみなさんが想像しているとおりです(笑)。恥ずかしながら、本田さんが「いまが底辺」といったとき、「うわ! やっぱりそういうこというんや!」と思ってしまいました。なんとなく嬉しくなって、ぼくも冗談っぽさで本気を隠しながら本音をいったんです。
唯一、気になっているのは、「いまが底辺」という言葉が「おれでもまだこう考えてるんだぞ、すごいだろ」というメンタリティーの表れなのか、それとも本気で「もっと上をめざさなきゃいけない」と思っているから出た言葉なのかということ。もちろん、後者でしょう。そうじゃなければ、いまの本田さんは存在しないと思いますから。
<第10回に続く>