『おしりたんてい』スピンオフ! 主人公は、カフェ「ラッキーキャット」のひとり娘/すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう①

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/5

すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう
すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう』(原作:トロル、文:井上亜樹子、絵:雛川まつり/ポプラ社)

おしりたんていスピンオフシリーズ第1巻。 主人公はラッキーキャットのすず! おしりたんていファイルシリーズから数年後。 ラッキーキャットの手伝いを続けるすずは、自分のやりたいことがわからず、もんもんとする日々。そんなとき、学生時代からの親友・あずきにさそわれ、もう一人の親友・グレねえと3人でルームシェアをすることに! あずきのかんちがいで実は超高額だった家賃を支払うために、アルバイトにあけくれながら、なかよし3人組の新生活(またたびデイズ)がはじまる!

すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう

すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう

やってやるぜ! ルームシェア

 ここは、カフェ「ラッキーキャット」。

 ほろ苦いコーヒーとあまいスイートポテトのかおりがまじりあって、なんとも心地のいいにおいが、たちこめています。

 カウンターの上には、まねきねこが3つ。大きいのと中くらいのと小さいのが、なかよくならんで、お店の中を見まもっています。

 いつもお客さんたちは、木製のテーブル席について、思い思いの時間をすごします。

 青緑色のクリームソーダにうかんでいた、真っ赤なさくらんぼをいつまでも味わったり。むずかしい本を読んでいる……と思いきや、いねむりをしていたり。まどから差しこむ、すんだ光に、空中のほこりがキラキラと反射するのをながめたり。

 ふと、長い間メニューとにらめっこしていた常連さんのひとり、みずべみはるさんが、手をあげて言いました。

「すみません、注文お願いします」

「はーい!」

 元気よく答えたのは、すずです。このお店のマスターのむすめで、よくお手伝いをしています。

 すずは注文票を持って、みずべさんのところへ行きました。

すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう

「ずいぶんなやんでたな。注文は決まったのか?」

「カレーにするか、ハヤシライスにするかまよったけど、カレーにするよ。あと、ブレンドコーヒーもひとつお願いね」

「あいよ!」

 すずはみずべさんの注文を、カウンターの中にいるマスターに伝えました。

「カレーとブレンドひとつね!」

「はい、ありがとう」

 すずのお父さんであるマスターは、笑顔でうなずきました。

 すずは手ぎわよく、お皿を用意します。

 そのようすを見て、みずべさんは言いました。

「いやあ、ラッキーキャットは将来あんたいだね! こんなにりっぱな、あとつぎがいるんだもの!」

 すずはキョトンとして、首をかしげました。

「え? あとつぎ?」

 けれど常連さんたちは、みずべさんのひとことを皮切りに、次つぎ口を開きます。

「みずべさんの言うとおりだよ。マスターはしあわせもんだなあ」

「すずちゃんがマスターになるころには、今度はぼくたちの子どもが常連になるかもね。なんだか感がい深いよ」

 すずは少しこまってしまいました。実は将来のことなんて、まだなにも考えていなかったのです。

 すずはちらりと、マスターの顔をのぞきました。

 マスターはいつものおだやかな笑みをうかべて、常連さんたちの会話をきいています。

 すずはなんとなく居心地が悪くなって、ふいたばかりのカウンターを、また意味もなくふきはじめました。

 

 夕方になると、お客さんのほとんどが、帰っていきました。

 すずは少し前なら、ラッキーキャットの2階に事務所をかまえているおしりたんていへ、差し入れを持っていくこともありました。

 そのころは、次つぎとおしりたんていが解決する事件に、すずもまきこまれたり、まきこまれなかったりして、あわただしい毎日を送っていたものです。

 けれど今、ラッキーキャットの2階は空き家となっています。

 最近のすずは、以前より少し静かになった日々の中で、お店を手伝ったり、ボクシングのトレーニングをしたり、たまには友だちと遊んだりして、平和にくらしています。

 今日、すずはめずらしく、行く当てのない散歩に出てみました。なぜかひとりになりたい気分だったのです。

 足の向くままに歩いていると、小さいころによく遊んでいた公園につきました。

 すずのほかは、だれもいません。夕焼けにそまった遊具が、長いかげをつくっています。

 すずはブランコにすわりました。まだ学校に入る前、ここで遊んだ日々の記おくがよみがえってきます。

 すずは思いました。

(あーあ! あのころみたいに、なーんにも考えないで遊びに夢中になりたいな!)

 おさなかった日々には、もう二度ともどれないのだという実感が、急にこみあげてきて、すずを切ない気持ちにさせます。

 そのとき。

すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう

「よお。なにシケたツラしてんだい?」

 声をかけられて顔を上げると、公園の入り口に、グレねえが立っていました。

 どこか「スケバン」といったことばをほうふつとさせるスカジャンと、くるぶしまである長いワンピースを着ています。スケバンというのは、やんちゃな女の子のことですよ。

 グレねえは、すずの高校時代からの友だちです。

 眼光するどく、パーマのかかった長いかみをかきあげて、一見こわい人のようですが、どこか育ちのよさも感じられます。

 そんなグレねえは、すずと気が合って、今でも付き合いが続いているのでした。

すずのまたたびデイズ はちゃめちゃパティシエしゅぎょう

「グレねえじゃないか。……ちょっとさ、将来のこととか考えてたんだ」

 すずがそう言うと、グレねえはすずのとなりのブランコにすわりました。だまって先をうながすように、すずを見ます。

 すずはむねの内を話しはじめました。

「……あたい、将来の夢ってやつが、特にないんだ。バイクで世界を見にいきたいってのはあるけど、それって仕事じゃないもんな。やっぱふつうにいけば、ラッキーキャットをつぐことになんのかな? もちろん悪くはねえけどさ、どうしてもそれがやりたいってワケじゃない。このまま、てきとうに流されちゃっていいのかなって、最近思うんだよ」

 グレねえはそれをきくと、しばらくの間、むらさき色とピンク色のグラデーションになった空を見あげました。

 そして、すずの目を見つめて言います。

「つまり、将来の夢を見つけたいってことかい?」

「っていうか、たぶん、やりたいことを見つけたいんだと思う。バイクよりも、ボクシングよりも、もっと夢中になれるもの。自分の人生かけてもいいって思えるモンをな。そんで思いっきりがむしゃらに、がんばりたいんだよ!」

 アツくこぶしをにぎりしめるすずに、グレねえは笑みをこぼします。

「フッ。アンタらしいね」

「……でも、かんじんのそれがなにか、あたいにはまだわからないんだよなあ」

 すずは、にぎりしめたこぶしをゆるめて、こまったように言いました。

「まあ、アンタもアタシも、ずっとこの小さな町にいるからね。もっと外の世界のことを知ったら、やりたいことが見つかるかもしれないよ」

「外の世界、かあ」

 すずはつぶやいて、空を見あげます。

 夕ぐれどきの美しい空は、すずの知らない、はるか遠いところまでつながっているはずです。

「かく言うアタシも、たった今、親の指図は受けない、自分の道は自分で決めるってタンカ切って、家をとびだしてきたところなんだよ。でもアタシだって、自分がなにをやりたいか、わかってるわけじゃない……。ただ、やりたくないことだけは、わかるのさ」

「そっか……って、家とびだしてきたって、家出か!? グレねえ、行く当てあんのかよ?」

「ないけど、なんとかするよ」

 グレねえは、クールにそう言いました。

 そのときです。

 ふと、背後の植えこみが、ガサガサと不気味な音を立てました。ふりかえると、うすやみにしずんだ植えこみの中で、ギラリとふたつの目が光ります。

「なんだ!?」と、すずが言うひまもなく、それはいきおいよくとびだしてきました。

<第2回に続く>

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