がんを生きる緩和ケア医が起こした“奇跡” 幸せになるのをあきらめない「心の抗がん剤」とは?

暮らし

公開日:2022/12/3

緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡
緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡』(大橋洋平/双葉社)

「あなたはがんです」

医者にそう伝えられた瞬間、自分はどうなってしまうのだろうか。

あぁ、さすがに両親には伝えなければ……。
いや、それよりも仕事はどうなる。
手術代とか大丈夫かな。

などと、まとまらない考えを巡らせるだろうか。それとも、現実を受け止めきれず頭は真っ白になるだろうか。

“その時”をいくら想像したとしても明確な答えは出てこない。いや、正直分からない。そんなことを考えるきっかけとなったのが『緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡』(双葉社)だ。

著者である緩和ケア医・大橋洋平さんは、2018年6月に稀少がんのジスト(消化管間質腫瘍)が発見され手術。胃の大部分を摘出するも、肝臓に転移。今も抗がん剤治療を続けながら、医師・講師の仕事を続けているという。

がん患者の心身の痛みを傾聴や適切な投薬によって和らげるスペシャリストとして、日夜患者と向き合ってきた緩和ケア医自身が、がんになってしまって4年。時に不安に押し潰されそうになりながらも、しぶとく病を生きる日々が赤裸々に明かされている本書より、その内容の一部を紹介したい。

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何でもない日常が「生きる力がわく奇跡」に彩られる時

がんを患った大橋さんは、それまで当たり前だったことができなくなる。発症前は身長173cm、体重は100kg超えでラーメンやカツ丼など味が濃く、こってりしたものが大好物だった。だが、手術後はほとんど食べ物を受け付けなくなり、体重も40kgも落ちてしまったという。

術後半年は「食べなければ死ぬ」と焦るほど、食べられなかった。でも、いつしか焦りを手放して、切除して小さくなった胃のほうから「そろそろなんか食べましょか?」と話しかけてくるのを待つように。そうして「体の声に耳をすます」ようになったら、少しずつ食欲が回復していったそうだ。

決して無理をすることなく、ある日は子供用スプーンですくった白米を数粒。またある日はゆでたまごを1個――といったように、徐々に食べられる量と自信を取り戻し、ついに、かつて大好物だったチーズバーガーにもチャレンジしたという。

ゆっくりゆっくり味わうこと1時間。ジスト発症から間もなく4年目を迎える初夏の昼下がり、大橋さんはとうとうチーズバーガーの完食に成功した。

舌が、体が、脳が、久しぶりの「口福(こうふく)」に震えています。

それにしても、心と体が震えるほどの美味しさとは!! 果たして、今の自分がチーズバーガーを平らげて、ここまでの感動を得ることはできるだろうか。自分の好物を好きに食べることができる何でもない日常が、大橋さんにとってはとんでもない非日常、いや「奇跡」そのものなのだと痛感させられる。

「足し算命」1000日突破の裏に「ワクワク療法」

大橋さんは、強い抗がん剤に耐えて治療したにもかかわらず、肝臓転移が判明した日を1日目とする「足し算命」を数えているという。余命は毎日減っていくが 、足し算命は増えていく。「減っていくものよりも、増えていくもののほうが私には嬉しい。足し算命を積み重ねることで、“生きることを頑張る”励みになるんです」と語る。

悪化や転移の可能性もあり「来年の自分」の姿はまったく想像がつかないという大橋さん。それでも足し算命をコツコツ重ね、2022年元日、なんと1,000日到達の快挙を成し遂げた。

快挙達成の裏には、彼自身が「ワクワク療法」と名付けた、子供のように無邪気な好奇心があったようだ。例えば、講演会の依頼を受けると開場1時間前には到着して、会場やその周辺を「冒険」するそう。

せめて、己の好奇心だけは、自由にのびのびさせてやりたいんです。
好奇心を解き放つと、ワクワクします。
ワクワクするとがんと闘う細胞のひとつひとつが元気になって、心身の免疫力がちょこっとアップするような気がするんですよね。

また、大橋さんの目線は、とことん低い。「お医者様」のような立派なイメージはほぼない。本書でもボヤキ、嘆き、泣き言満載だ。ある時、右上腕部の痛みからがんの転移を疑い、検査を行うことに。

たとえ私が医者だろうが、皆さんと同じです。
怖いものは、どうやったって怖いんです。

さりげなく吐露した弱音に、ハッとさせられる。怖いものは怖いに決まっているのだ。むしろ大橋さんは、積極的に「痛い!苦しい!!」と叫ぶことを、緩和ケア医として勧めている。助けを叫ぶことで、医療者や周囲の人の救いの手につながる。少しでも楽になることができるのだ、と。

できれば、がんにはなりたくない。いや、絶対になりたくない。でも、なってしまっても、もちろん終わりではない。病んだり、経済苦だったり、今生きるのがつらい人でも、ちょっと視点を変えてみることで、ささやかな奇跡が見つかることだってある。幸せになるのをあきらめなくてもいいんだ――「心の抗がん剤」を謳う本書。「もしも」の時のお守りになりそうだ。

文=冴島友貴