ゼレンスキー大統領はなぜ、演説で日本人の共感を求める内容を重視したのか?/本当の頭のよさを磨く脳の使い方
公開日:2022/12/8
今日の正解が、明日は不正解かもしれない時代。不透明な世の中を生き抜くためには「本当の頭のよさ」が必要かもしれません。
脳科学者の茂木健一郎さんは「情緒に流されない力」「地図を読み換える力」「アニマルスピリッツ」「妄想する力」の4つが「本当の頭のよさ」の源泉だといいます。
『本当の頭のよさを磨く脳の使い方』では、アインシュタインからイーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグまで、歴史に名を残す天才や世界的起業家たちを分析し、脳科学から「本当に頭がいい人」になる方法を解き明かします。
ゼレンスキー大統領はなぜ、演説で日本人の共感を求める内容を重視したのでしょうか。
※本作品は茂木健一郎著の書籍『本当の頭のよさを磨く脳の使い方』から一部抜粋・編集しました
◉象徴的だった、ゼレンスキーが「日本に求めたもの」
ここまでの話を象徴しているな、と感じたのがウクライナのゼレンスキー大統領の演説です。
2022年3月23日、ロシアのウクライナ侵攻についてゼレンスキー大統領が日本の国会で演説をしました。
ゼレンスキー大統領はほかの国の国会や国連でも演説をしていて、多くの国は「あなたの国で演説したい」というゼレンスキー大統領の意志を無条件に受け入れ、対応しました。ところが日本だけ、「前例がないので可能かどうか」という議論がまず出てきました。
結局、演説は実現したわけですが、その内容は、他国でのものとは違っていました。
ドイツには政治姿勢を明確にするよう求め、欧州の各国には具体的な支援やケアを要求したゼレンスキー大統領ですが、日本に対しては、「日本はすぐに援助の手を差し伸べてくれました。心から感謝しています」と、まず誉めたたえた上で、夫人がオーディオブックをつくるプロジェクトに参加した際、選んだ題材が日本のおとぎ話だったことを述べました。
そして、「同じように温かい心を持っているので、実際には両国間の距離は感じません。両国の協力、そしてロシアに対するさらなる圧力によって、平和がもたらされるでしょう」と、共感を求めたのです。
もちろん、「ロシアとの輸出入を禁止し、軍に資金が流れないよう、ロシア市場から企業を引き揚げる必要がある」などの現実的な方策について言及もしています。しかし全体には情緒にあふれ、ロシアのチェルノブイリ原発の占領と広島・長崎を暗に重ね合わせるなどした、日本人の共感を求める内容の演説だったことは、皆さんの記憶にも新しいことと思います。
ゼレンスキー大統領が日本でだけこのような演説をした理由について、日本はウクライナと距離が離れていて物的援助は現実的ではないからとか、同じロシアの隣国としてロシアの脅威を日本が感じることが今後の国際社会に対して効果を持つからとか、日本の知識人はそれらしく解説していました。
それらの側面もあると思いますが、僕は正直に言ってしまうと、「日本人にロジックは刺さらない」という、諸外国の認識もあるような気がしてなりません。
つまり、情緒的なこと、感情に訴えるようなことは効果があるけれど、ロジカルに必要な支援を要求しても日本人は理解しないし、感動しない、むしろ反発するかもしれない。国際社会でそう認識されているからこその、あの演説だったような気もするのです。
ゼレンスキー大統領の演説は1つの例にすぎませんが、これからも日本が国際社会できちんと存在感を発揮するためには、ロジカルに物事を判断できる力を身につけるべきでしょう。
そうでなければ、日本人はただ単なる善意や正義心などといった感情だけで動く人たちになってしまいます。
無垢の善意は、時に迷惑であるだけでなく害をもたらします。たとえば、よく言われるのが「被災地への千羽鶴」です。必要なのは生活必需品やお金というタイミングで千羽鶴が届いても、被災した側は、ある意味でその善意を持て余してしまうのは論理的に考えればわかりそうなものです。
千羽鶴を送るのが悪いわけではなく、タイミングが悪いのですが、情緒に流されるとそういったことは見えなくなってしまうのですね。そんな現象が、このところ目立ちます。
「情緒に流されない力」を鍛えることは、正解のない社会で生きていく強い力になるのです。情緒に流されない力、つまりロジックの力、論理的思考力です。
◉論理的思考力に関わるのは前頭前野
さて、論理的思考力に関わっているのは脳の前頭前野です。前頭前野はほかにも活力、コミュニケーション能力に関わっています。
前頭前野の力を伸ばす、鍛える場合に効果があるのは、「笑う」「叱られる」「会話する」などの刺激です。
それらのことを、対人関係のコミュニケーションにおいて想像してみることも訓練になります。