恋愛感情が生まれない人と、恋をする人。見ている景色が違う男女の先にあるものは――

マンガ

公開日:2022/12/8

裸足のせいめい
裸足のせいめい』(栄太/KADOKAWA)

 人が当たり前に持っている感情が自分の中に存在しないというのは、いったいどういう感覚なのか――。『裸足のせいめい』(栄太/KADOKAWA)は、いわゆる「マイノリティー」に属する人たちと、そういう人を好きになってしまった人の、不安やためらい、葛藤を描いた物語。本作は、『作りたい女と食べたい女』(ゆざきさかおみ/KADOKAWA)などで盛り上がりを見せる「COMIC it」レーベルのオリジナル作品だ。

 本作品の主人公は、人に恋愛感情を抱かない高校2年生の男子・桜井飛鳥。飛鳥は、恋心やいわゆる下心がない故に異性との距離感が分からず、相手に期待を持たせて関係を終わらせてしまうという悩みを抱いていた。

裸足のせいめい

 そんな飛鳥だが、気の置けない友人がいた。いつも飛鳥のことを気遣ってくれる男友達・学、明るく優しい女子・ひな、ひなのことが大好きな女子・レオの3人だ。飛鳥はいつもこの3人と一緒に過ごしていたし、みんなのことを心から大切な友人だと思っていた。そしてそれは3人も同じだったが、しかし実はそれだけではなかった。学とひなは飛鳥に、レオはひなに恋愛感情を抱いていたのだ。

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裸足のせいめい

 でも、学と飛鳥は男同士、レオとひなは女同士。それゆえ学とレオは、ひなと飛鳥がくっつけば自分たちも諦められる、と切なさを抱えつつもひなを応援。ひなはふたりに背中を押されたことで、ついに飛鳥への告白を決意するが――。

 レオと学は、飛鳥が恋をしない、恋愛感情というものが生理的に存在しない世界に生きているということを知らない。そのため、飛鳥に対して「一回付き合っちゃう手もあるんじゃないのって」「付き合ってるうちに好きになる可能性もゼロじゃないだろ?」とアドバイスをする。この言葉は飛鳥のことを思ってのものだが、飛鳥はこの言葉に違和感を募らせていく。

裸足のせいめい

裸足のせいめい

 例えば、「恋愛」というものに対して嫌悪感でも抱いていれば、自分も周りも分かりやすいのかもしれない。しかし「恋愛感情がない」というのはすなわち「無」であり、その人の世界にその概念自体が存在しないということになる。つまり0.1でもマイナスでもなく「ゼロ」なのだ。飛鳥が誰かに期待を持たせてしまったとき心の中で発する「しまった」という言葉が、彼のすべてを物語っているように感じた。

裸足のせいめい

 実は筆者も、まったく同じではないが似たような「持たない」世界を生きている。だからか、この「しまった」の裏にある気持ちが痛いほど伝わってきた。人が下心やそうした期待・感情を抱くラインが感覚で分からない、というのは、つまりこちら的に不穏な空気になって初めて、経験からハッとする、ということなのだ。正直つらい。

 巻頭に掲載されている第0話では、27歳に成長した4人が変わらず和気あいあいとはしゃぐ様子が描かれている。この結末を知っていることである意味安心して見られるが、その反面、ここに至るまでに皆それぞれ、どれほど苦しむのだろう、どんなやり取りがなされるのだろう、と胸が苦しくなった。4人がこれから辿る道や思い、葛藤を想像するだけでそわそわしてしまう。

 だがそれでも、互いがすべてを知ったうえで続く関係もたしかにある。飛鳥、学、ひな、レオの4人が、これからどうやってこの壁を乗り越えていくのか、最後まで見守りたい。そして「自分は普通とは違う」「人に言えない想いを抱えている」という人に、本作の4人の在り方が届いてほしいと心から思った。

文=月乃雫