「相席スタート」「ぼる塾」結成の立役者、東京吉本の生き証人的存在・山田ナビスコが伝える“お笑い水脈”

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公開日:2022/12/16

東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年
東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(山田ナビスコ/宝島社)

 芸人の世界は、きわめて特殊だ。すべての判断基準は「おもしろいか、否か」。いったい「おもしろい」とはなにか。定義できない感情がすべてを決める世界で、芸人たちの「おもしろい」を最大限引き出そうと動く人物がいる。東京吉本のライブシーンを28年にわたり守り続けた男、山田ナビスコ氏だ。

東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)は、これまで語られてこなかった“芸人の裏側”に触れることができる1冊だ。著者の山田ナビスコ氏は、1994年に銀座7丁目劇場(1999年閉館)の座付き作家となる。以降、28年もの年月を東京吉本の芸人とともに歩んできた。お笑いライブをつくるほか、吉本芸人の養成所・NSC東京校の講師など、常に若手芸人と近い場所で仕事をしてきた。相席スタートやぼる塾など、芸人の結成に深く関わることもある。本書の中で、山田氏は自身のことを「特殊な存在」と語る。作家を始めてからずっと、常に東京吉本の“若手”まわりで活動しているからだ。テレビやラジオの番組に関わることはなく、とにかく東京吉本のライブ界隈で生き続ける。他事務所や大阪吉本にはいない存在だという。

 つまり、山田氏は、東京吉本の生き証人的存在だ。ココリコやロンドンブーツ1号2号といった銀7芸人はもちろん、ニューヨークのように近年メディアで躍進を遂げた芸人、ヨネダ2000ほか、ここ1~2年で賞レース常連となった芸人など、あらゆる世代の“リアルな芸人の姿”を見続けている。

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 本書では、山田氏から見た「東京吉本の歴史」が語られている。お笑いにまみれた人生を歩むことになった自身のルーツから、銀7時代の話、芸人との細かなエピソードまで、話題は幅広く深い。はまったら徹底的に調べるという“おたく気質”目線から語られる分析も、興味深い。また“いじりといじめの違い”、“女性芸人を取り巻く状況の変化”など、近年のトレンドとして語られがちな話題に対しても、山田氏ならではの視点で言及している。

自分は地下芸人という言葉があまり好きではありません。自分の知る芸人たちは、「世の中に知られていないだけ」なのです。だから「水脈」。みなさんがテレビで毎日のように見ている芸人は氷山の一角でしかありません。その氷山の下に隠された、とんでもないお笑い水脈があります。
(中略)
「お笑い」に取り憑かれた人たちの狂気的な生活。語られてこなかった芸人たちの血反吐を吐く思いや努力、そしてこれからスポットが当たるであろう芸人たちに興味を持っていただければと思い、本書を書かせていただくことにしました。
p.10~11「はじめに」より

 山田氏は、本書を「現役の芸人はもちろん、辞めてしまった人たちへの恩返し」(p.10)としている。NSC東京校には、毎年数百人の芸人志望者が入学する。そのうち、日常的に劇場に立てるようになる芸人は一握り。メディアに出るようになるのは、さらに小さな一握りだ。「夢が叶えられた場にいた数よりも、夢が破れた場にいた数の方が多い」(p.16)と書かれているように、日の目を見ないまま山田氏のもとを去る者も多い。本書には有名芸人の名前だけでなく、引退した元芸人の名前も多数綴られている。その一つひとつから、山田氏による芸人への愛情が滲み出ているように思う。

 山田氏は仕事柄、芸人に対し厳しい対応をすることもある。芸人の口からは「サボった芸人にバツとして長時間逆立ちをさせていた」など、嘘かまことか分からない“教育軍曹”エピソードが語られることも多い。芸人の恨みを買っても仕方のないポジションにいる山田氏であるが、本書には芸人からたくさんの推薦コメントが届いている。SNSや帯で紹介されているコメントを読むと、山田氏が芸人から信頼され、愛されていることが分かる。「もし私が結婚する時が来たら、ヴァージンロードは山田さんと歩く!」(ぼる塾・田辺智加)、「ほとんどの東京よしもと芸人は山田さんの子供です」(囲碁将棋・根建太一)など。それらコメントからは、“芸人と裏方”をはるかに凌駕する、山田氏との特殊な関係が伝わってくる。

 そして、「少し仕事しただけで、あいつは俺が育てた!なんて言う勘違いな人はたくさんいる。何いってんだよ。あんたじゃなくて、山田ナビスコと山田ナビスコが育てた芸人に育てられたんだよ!」(ダイタク・大)というコメントに、すべてが詰まっているように思う。氷山の下に隠れた“お笑い水脈”とは、東京吉本に脈々と受け継がれている、そしてこれからも続いていく“山田ナビスコの血脈”でもあるのかもしれない。

 まもなく、『M-1グランプリ2022』がクライマックスを迎える。毎年スターが生まれるビッグイベントであるが、賞レースで勝った芸人だけが「おもしろい」のではない。本書を読むと、「おもしろい」芸人は無限にいるんだろうと思わされる。例えば、本書には東京吉本を代表する漫才師・囲碁将棋のエピソードが掲載されている。先輩・後輩問わず芸人から愛され、絶大な支持を受ける漫才師だ。彼らは『THE MANZAI』で認定漫才師になるなど実力は確実に認められていたが、『M-1』はラストイヤー準決勝敗退。さらに、視聴者投票のある敗者復活戦では一般ウケを意識しないネタ選びをし、最下位に。たしかに“敗退”ではあるが、それは自分たちが思う「おもしろい」を優先した結果であり、ある種「漫才に命を懸けてきた男の生き様」だ。山田氏を通して語られる芸人のエピソードには愛があり、人間味があふれている。

 現在東京には、ルミネtheよしもとをはじめ、ヨシモト∞ホール(渋谷)や神保町よしもと漫才劇場、よしもと有楽町シアターなど、芸人のネタを生で観られる吉本の劇場は複数ある。東京にいれば気軽にお笑いを観られる環境にあるが、今にいたるまでの東京お笑い界の紆余曲折を感じられるのが本書だ。少しでも「お笑いが好きだ」というのなら、それらを知らずにいるのはもったいない。本書を読み、劇場に足を運び、“山田ナビスコのにおい”を感じ、腹を抱えて笑う体験をしてみてほしい。

文=堀越愛