『走れメロス』『こころ』『竹取物語』…あの名作が奈良の地でよみがえる! 笑いあり、教訓ありの珠玉のパロディ文学
更新日:2022/12/23
ガチの昔。竹取の翁といふ陽キャありけり。
日本最古の物語『竹取物語』を、現代の用語やスラングを駆使して巧みに現代語訳した『ファンキー竹取物語』で、はてなインターネット文学賞の大賞を受賞した、あをにまる氏。5.6万のフォロワーを持つ「卑屈な奈良県民bot」の運営者であり、地元である奈良を舞台にした数々の名作文学パロディ小説を「カクヨム」(Web小説サイト)で発表。その中毒性ある作風で多くの読者を虜にしている。そんなあをにまる氏が『今昔奈良物語集』(KADOKAWA)で書籍デビューを果たした。
受賞作の『ファンキー竹取物語』をはじめ、夏目漱石による名著『こころ』をベースにした『古都路』。悲痛なラストに胸えぐられる新美南吉の『ごんぎつね』を換骨奪胎した『どん銀行員』ほか、『藪の中』(芥川龍之介)、『耳無芳一の話』(小泉八雲)、『桜の森の満開の下』(坂口安吾)等々、誰もが一度は読んだことのある、あるいは読まずとも内容を知っているほど有名な文学作品を題材にした11編が収録されている。
トップバッターとなる『走れ黒須』は、〈黒須は激怒した。〉という冒頭の一文から想像がつくように、太宰治の『走れメロス』が元ネタだ。しかし黒須が激怒した相手は邪知暴虐の王ではなく、邪知暴虐のぼったくりバーだ。奈良在住の無職の黒須は、久々に会ったニートの親友・瀬川とともに訪れた大阪きっての繁華街、宗右衛門町のバーでぼったくられる。瀬川を店に残し、黒須は実家からクレジットカードを持ってくるため――走れ黒須!
その途中で黒須の前に立ちふさがる様々な困難を、原作のテンポとリズムを完コピして展開。文体だけでなく、そこに込められた作品の主題やメッセージをも掬いだし、さらに地元の奈良愛をブレンド。古典文学を再解釈した『ちはやふる奥の細道』(小林信彦/新潮文庫)や『桃尻語訳 枕草子』(橋本治/河出文庫)、近年では神田桂一氏、菊池良氏の『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)とも通じるものがある。
特に唸らされたのは、菊池寛の『形』をもとにした『二十歳』だ。鎗の名手である侍が、自らのトレードマークである戦衣装の“猩々緋(しょうじょうひ)の陣羽織”を、若侍に貸したことから身の破滅を招くという、掌編といっていいほどの短編だ。これを著者は、プレイボーイの大学生の恋愛ものに置き換えている。
“猩々緋の陣羽織”ならぬ、“猩々緋のフェラーリ”を乗りまわし、次々に彼女をとっかえひっかえする青年、新也。後輩にフェラーリを貸したことから、自分が女性にかくもモテるのはこのフェラーリのおかげではないのか? と悩むようになり、恋人の愛情を試す計画を目論むが――。
“形”が大事か“中身”が大事か、という『形』のテーマを踏まえつつ、さらに元ネタへの批評性まで感じさせるオチのつけ方が実に鮮やか。パロディ云々を置いておいて、一つの独立した作品として仕上がっている。元ネタを知っていなくとも楽しめるし、知っていたらより一層楽しめるだろう。あらゆるジャンルにおける優れたパロディがそうであるように、本書もまたそんな楽しみがたっぷり詰まった1冊だ。
文=皆川ちか