内田也哉子さん「みんなでつくる世界はきっと息をのむほど美しい」争いごとのない未来を考えるきっかけになる翻訳絵本

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/21

点 きみとぼくはここにいる
点 きみとぼくはここにいる』(ジャンカルロ・マクリ、カロリーナ・ザノッティ:文・絵、内田也哉子:訳/講談社)

 先ごろ発表された京都・清水寺の「今年の漢字」は「戦」だったように、2022年はロシアによるウクライナ侵攻のニュースが連日、重苦しい悲しみを運んでくる1年だった。戦争で故郷を離れざるをえなくなった人々は「難民」となり、この日本にも多くの方が来日した。少しでも力になろうと自治体ぐるみで積極的な支援の動きもあったが、一方で入管での外国人不法滞在者に対するひどい扱いが明らかになるなど(その中には何年も難民申請が認められず止むを得ず不法滞在となったウクライナ以外の地域の人もいた)、残念ながら日本全体でいえば「難民」への理解と共存にはまだまだ問題が多い。

 現代社会において難民問題は決して他人事ではなく、もっと私たちひとりひとりが「自分のこと」として考えていくべきことだ。そうは言ってもピンとこない――そんな人にはこのほど俳優の樹木希林さん、ミュージシャンの内田裕也さんの一人娘であるエッセイストの内田也哉子さんが翻訳を手がけた絵本『点 きみとぼくはここにいる』(ジャンカルロ・マクリ、カロリーナ・ザノッティ:文・絵/講談社)が考える「きっかけ」を与えてくれるかもしれない。

「やぁ!ぼくは点だよ」とページの右下に描かれたちっぽけな黒丸で始まるこの本は、とにかくシンプルな絵と文が印象的だ。描かれるのは小さな黒丸と白丸の集合だけなのだが、難民をめぐる世界の複雑な状況を直感的にわかりやすく伝えてくれる。

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点 きみとぼくはここにいる

 最初こそたったひとつだった黒い点のもとには、すぐに「友だち」「友だちの友だち」と同じような黒い点が集まってきて、大きな街が現れる。そして楽しいことも食べ物にも恵まれた豊かな暮らしを送っていた彼らの世界の横(のページ)に、あるとき「こんにちは、わたしは点です」とひとつの白い点が現れる。「たくさん たくさん わたしたちもいます」とあっという間に1ページを埋め尽くしてしまった白い点は、「わたしたちには住むところも、楽しいことも、食べものもありません」「そちらのページに おじゃましたいです」と訴える。話し合いの結果、黒い点たちは白い点たちを受け入れることにするが――。

点 きみとぼくはここにいる

点 きみとぼくはここにいる

「点」があらわすのはひとりひとりの人間なのだろう。そして豊かな先進国の人々が黒い点であり、白い点は人口が多すぎたり貧しかったりする困難さを抱える後進国の人々。ぱっと見ではそれぞれはただの点に見えるが、「一歩、近づいて見ると、どの点にもいろんな『かお』があり、もっとぐんと目をこらすと、色とりどりの『こころ』があります」と、「訳者あとがき」で内田さんはつづる。そしてその点が集まり、力を合わせることでさまざまな世界――モノクロームなはずなのに、あざやかで美しい未来――が現れる。

 白と黒の点の世界はどうやったらつながれるのか? そもそも白と黒でなぜそんな違いが生まれてしまうのか? 点だけで描かれた世界は、シンプルだからこそわたしたちにさまざまな問いを投げかける。そしてそれらを自分なりに考えることが、きっとこの困難な社会を進む大事な一歩になるに違いない。「ひとりひとり みんなでつくる世界はきっと息をのむほど美しい」と内田さん。静かに1年を振り返る時だからこそ、そんな未来を願って、大人も子どもも向き合ってほしい1冊だ。

文=荒井理恵