生死を超えた永遠の愛…『ねこしき』作者が綴る、一人と愛猫一匹の愛の物語
公開日:2023/1/13
ついこの前まで、この膝の上で丸くなっていた、陽だまりのように温かいあの子は、今はもういない。二度と柔らかい背を撫でてあげることはできないし、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしてくれることもない。どうしても避けられない愛猫との別れ。大切な存在の死をなかなか受け入れられないのは、当然のことだろう。
だが、どんなに寂しくても、悲しくても、『イオビエ ~イオがくれた幸せへの切符』(猫沢エミ/TAC出版)を読めば、すこし前を向く元気をもらえるかもしれない。著者は、料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。彼女の愛猫・イオは、猫沢さんとの出会いからわずか1年半後、急性の扁平上皮癌によってこの世を去った。この本では、イオの生涯がイオ視点のファンタジー小説として描かれ、合間にInstagramで話題となった猫沢さんによる日記や猫沢さんと暮らす猫たちとのエピソード満載の「猫沢飯」のレシピも添えられる。読めば読むほど、心が温かいもので満たされていくに違いない1冊だ。
2019年8月、〈ワタシ〉は新宿二丁目の小さな路地で、餓死寸前の状態で倒れていた。もう自分はこの世を去るのだと思っていた。「ねえ……どうしたの?」。そんな〈ワタシ〉を抱き上げてくれたのは、柔らかい女の人の手。彼女——〈ワタシ〉の「ママ」になったその人は、〈ワタシ〉を動物病院に連れていき、退院すると、〈ワタシ〉をお風呂に入れながら、「よくがんばってここまでたどり着いたね。もう大丈夫。ほんと、よくがんばった」と涙を流してくれた。
そんなイオの視点で綴られた物語は、イオの猫沢さんへの思い、猫沢さんのイオへの思いで溢れている。猫沢さんの日記もあわせて読めば、双方からの視点を知ることができ、ふたりの愛の形に心動かされてしまう。猫沢さんとイオの出会い。2匹の先住猫・スーちゃんやアブちゃんとの交流。遺伝性の可能性もある病気と、その寛解。あまりにも幸せな日々……。イオが扁平上皮癌に冒されていることが分かった時、猫沢さんは、イオに痛い手術や苦しい入院生活を与えないと決めた。旅立とうとするイオの手を、猫沢さんは苦しみながらも放してあげた。そこにどれほどの愛情があったことか。そして、猫沢さんがイオのことを思っていたのと同じように、イオもまた猫沢さんのことを思っていたに違いない。
猫沢さんは想像の翼を広げてイオの思いを綴るとともに、猫沢さんの家に来るまでのイオの生活や前世、イオが神様と話した秘密の会話まで、のびのびと描き出していく。ファンタジー要素がありつつも、読めば読むほど、ここに描かれている物語が真実としか思えなくなってしまう。赤い糸にたぐり寄せられたあるひとりの女性と、一匹の雌猫。生死を超えた永遠の愛の形に涙が止まらなくなる。
ワタシ、これ以上ママに苦労をかけるのはイヤだった。だから、体を捨てることにしたの。どのみちもうこの体は長くはもたないことも知っていたし。そしたら、ワタシは透明のスケスケになって、いつでもみんなと一緒にいられるでしょう。
見るべきなのは、死の瞬間なんかじゃない。その一秒前まで、生きた時間に愛があったかどうか。
この本は教えてくれる。死は決して悲しむべきものではないということを。かけがえのない存在を亡くした時、人は大切なこともみんな見えなくなってしまう。だが、自分自身と向き合えば、失った存在が自分の心の中で生き続けていることに気づけるはずだ。自分の中で生き続ける大切な存在に気づいた時、あなたがすべきことは何か。それは、悲しみに暮れ続けることではない。大切な存在が宿る自分自身をもっともっと幸せにしてあげることなのだろう。
この作品に触れれば、あなたはきっと優しさで包まれる。もしかしたら、死ぬことも、見送ることも、今よりすこし、怖くなくなるかもしれない。「亡くしたあの子のためにも、自分自身が幸せにならなくちゃいけない」。きっと自然とそう思えてくるに違いないだろう。
文=アサトーミナミ