小学生のころの自分に読ませたいと夢中で書き続けて、『かいけつゾロリ』がギネス世界記録(TM)! 作者・原ゆたかさん「失敗してもめげないゾロリの姿で子どもたちに元気を届けたい」

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/30

原ゆたかさん

 いたずらや悪だくみをするけど失敗ばかり。だけど仲間思いでつい人助けもしてしまう——。愛すべき我らが「かいけつゾロリ」シリーズ(ポプラ社)が、ギネス世界記録(TM)に認定された。2022年7月に発売された71巻で、「同一作者による物語とイラストが執筆された単一児童書シリーズの最多巻数」を達成したのだ。

 このニュースが流れると、作者・原ゆたかさんの名前がTwitterのトレンド入り。ファンからは祝福の言葉が続々と届き、「嬉しい」「大人になっても大好き」と自分事のように喜ぶ声や、「これからも描き続けてほしい」と願うコメントも。今年35周年を迎えたが、変わらず多くの人に愛されていることが伝わってくる。

「おならやおやじギャグが出てきたり、下品だ」「漫画みたいで役に立たない」とPTAから疎まれてしまうこともあったゾロリだけれど……。公式認定証授与式を終えた作者の原ゆたかさんは、「いつも失敗するゾロリを見て自分ならちゃんとできると思ったり、失敗してもめげずに次に向かっていくゾロリの姿を見て元気になってもらえたりしたら」と昔から変わらない想いを語ってくれた。

(取材・文=吉田あき 撮影=内海裕之)

advertisement

かけだしの頃に見た本や映画、落語、漫画の蓄積が力になった

かいけつゾロリ にんじゃおばけあらわる!
71巻目の『かいけつゾロリ にんじゃおばけあらわる!

——ギネス世界記録(TM)の快挙、おめでとうございます!

原ゆたかさん(以下、原):夢のようなことが起きてしまいました。大人目線ではなく、子どもの頃の自分やクラスメイトが読みたいと思うような本を目指して書いてきました。私みたいな子どもたちがたくさん読んでくれたので、ここまで続けてくることができました。最初の頃はアイディアがどんどん出てきましたが、30巻、40巻あたりからだんだんネタがなくなってきて、最近はちょっとくたびれてきました(笑)。そんな苦しい時にこういう賞をいただいて、もっと頑張れよということだと思っています。

 毎回、真っ白な原稿用紙に向き合う時は、ちゃんと描けるのかなって悩むんですが、書き始めてストーリーが進むにつれて、子どもたちの想像をどうやって裏切って驚かせよう、こうやったら笑ってくれるかな、というアイディアがどんどん出てきて、楽しくなってきます。

——もともとゾロリは、『ほうれんそうマン』(みづしま志穂:作)の悪役として描かれたキャラクターだったそうですね。

:そうですね。『ほうれんそうマン』が売れ出した時に、作者のみづしまさんがお休みすることになったんです。新刊が出ないとこれまでの本も忘れられてしまうということで出版社からゾロリを主人公にお話も書いてみないかと依頼を受けました。それまでも、いろんな作家先生の話に挿し絵をつける仕事をしていたのですが、絵描きだった私は絵でお話をもっと楽しく見せたいと考えるあまり、調子に乗って、ここを絵で表現したいから文章を削りたいとか、ここを見開きにして遊園地を描きたいとか、今考えると失礼なことも言ってしまっていました。それを見ていた出版社が、お話も書けると思ったのでしょうね。「ほうれんそうマン」シリーズの続きが出るまでのつなぎならなんとかなるかな…と引き受けてみたら、ゼロからストーリーを描く難しさに唖然としました。誰かの作ったお話にアイディアをプラスするのは簡単だったんだなと思い知りました。

——子どもの頃は映画監督を目指したこともあったとか。

:特に怪獣映画が好きだったので、子どもの頃は友達と実際に8ミリフィルムで怪獣映画を撮っていました。少ないおこづかいと周りにあるもので、どうやったら迫力ある映像が撮れるか、いろいろと工夫しましたね。たくさん失敗もしましたが、試行錯誤が楽しかったですね。でも映画監督のようにたくさんの人に指示を出すのは苦手だと気づき、漫画家になることも考えましたが当時から漫画家の世界は競争が大変そうだなと感じました。そこで、子ども向けの本ならば、たくさん絵も描けて、お話を映画のように絵で演出することができると考えました。最初は、絵本を描きたいと思いましたが、お話が短い分、自分の描きたい、こみいったお話は描けない。映画みたいに、前半に布石があって後半で伏線を回収するような展開ができるのは、絵本よりも挿し絵だと思い、児童書の画家になることを目指すようになりました。

 絵描きになり、依頼をもらうと、ドリルの挿し絵でも物語の挿し絵でも、読者が少しでも楽しんでくれるような工夫をしました。物語の絵は、当時は出版社から指定されたところに指定された絵を描くのが一般的な挿し絵の仕事でしたが、私はどこに絵を入れるかを考えて自分でレイアウトをしなおして、読者にもっとお話を楽しんでもらえるような絵を入れるようにしました。ドリルの絵では、嫌な勉強を挿し絵でクスっと笑わせてあげることができたら、少しは勉強を楽しくしてあげられるのではないかとギャグを混ぜた一コマ漫画のようにして描いたりしましたね。そうすることで、読者は楽しんでくれるかもしれないし、描いている自分も仕事が楽しくなりました。

 でも、挿し絵の仕事は出版社から依頼がなければ描けません。依頼が来ない時期は、食事はまともに食べられなくても、映画や芝居や落語はできるだけ観に行きましたし、図書館で本もたくさん読みました。その頃見たもの、読んだものが、自分でストーリーを作るようになった時にとても参考になったのです。最近も、どんな話を書こうかと考える時にはたくさん映画を観ます。すごい作品に出会うと、インスピレーションをかきたてられますね(笑)。

子どもがわかるネタだけを描こうと思っていない

原ゆたかさん

——好奇心旺盛で少年のような心を持ち続ける原先生が、子どもの心を忘れないでいる秘訣とは?

:50代前くらいまでは、当たり前のように子どもと同じ感覚で『コロコロコミック』を楽しんで読んだり、ゲームをしたりしていました。でも、最近は「勉強しなきゃ」と、流行に追いつくためにテレビやネットをチェックしているように感じることもあり、大人になっちゃったようでイヤなんですよね(笑)。私は70歳近い老人だけれど、5歳くらいの読者と対等に話せるような間柄でいたいので、今後は子どもの心を持ち続ける努力をしないといけないのかなと思ってます。

——71巻にも、人気のお笑い芸人さんがたくさん登場していました。

:お笑いが好きでたくさん観ているから、本に描いたら子どもたちも喜ぶかなと思ったんですけど、最近の子どもたちはテレビを観ないから。「“おほん・こほん”がこの年に仲直りした」というパロディも、子どもたちはピンとこないみたい(笑)。リアルおやじギャグになっているかもしれませんが、お話の本筋の部分ではないので、読者全員がわからなくてもいいやって思いながら描いています。いつか元のネタを知った時に笑ってくれることもあるかもしれませんしね。

 今は昔よりも娯楽の種類が増えて、どんなに人気があると思っても全員が知っているものが少なくなりましたから、パロディも難しくなりました。大人と子どもの共通項もなくなったと思います。たとえば、昔は映画を観に行くと2本立てになっていて、植木等の映画や若大将シリーズを子どもも観たりして、大人の社会をちょっと垣間見る機会がありました。すると目的の映画よりそっちのほうが面白かったりしてね。今はゲーム好きはゲームだけしたり、釣り好きは釣りだけしたり。みんな一方通行で、他の文化との交流がなくなっている。本当は、自分の興味とは別のところに新鮮な驚きや出会いがあると思うんだけど。

——「ゾロリ」の本には、作者自身が登場して読者に語りかけることがありますね。71巻の「ゾロリしんぶん」では70巻の「ゾロリしんぶん」で予告していたタイトルの『いきなり王子さま(仮)』が『にんじゃ おばけ あらわる!』に変更されたことに対しての謝罪が書かれていました。ここにはどんな想いがあったのですか?

:まず、作者である自分を登場させるのは、子どもの頃、読んでいた漫画に手塚治虫さんや赤塚不二夫さんご自身が登場していたからなんです。「この漫画を描いている人が本当にいるんだ」と親近感がわいた記憶がありました。また、好きだったヒッチコック監督も、自分の映画には必ずこっそり出ていて、その秘密を知った時に、探すことが楽しくなったのを覚えていましたから、自分が本を書くことになった時に同じことをやってみようと思ったんです。タイトルの変更については、仮のタイトルを発表した時には、ノシシに似たすごく品のいい王子がノシシと入れ替わるっていうお話を描こうと思いついて『王子と乞食』を参考にしようと読みなおしました。前後編にするために、ひとまず途中のよいところで前編を完結させようと考えましたが、どこで前後編をわけたらいいのか悩んで決めかねてしまったんです。書こうと思っていたお話はあとに回して、もうひとつのアイディアのお話を先に描くことにしました。

——では、このあとのお話で『いきなり王子さま(仮)』が登場するかも?

:描きたいと思っていたんですが、現実世界で戦争が始まっちゃったのでまた迷っています。王子が庶民の苦労を知って王位につく話にして、「争いごとはやめよう」という話を作りたいけど、そんな簡単な問題ではないなと。読んでくれる子どもたちが戦争や平和について考えられる展開にまとめるには、もうちょっと時間がかかりそうです。

大人も子どもだった頃はオナラで笑っていたはず

——どんな困難も知恵と勇気と時にはおやじギャグやオナラで乗り切るゾロリですが、最近はオナラやおしりを題材にした作品が増えて、時代がゾロリに追いついてきたような気がします。

:子どもの頃は、誰でもオナラやおやじギャグで笑っていたと思うんです。意思とは別に勝手に出るオナラには人体の不思議さを感じましたし、おやじギャグは初めて出会う言葉遊びですから。大人になるとその楽しさを忘れて下品だと言うんですが、子どもの頃にしか感じられない楽しさを、自分の子どもたちにも味わわせてあげてほしいと思っています。でも、だんだん最初の読者だった子たちが親世代になってきたので、親子で読んでくれているファンも増えてきました。以前は、ゾロリを読み始めるとゾロリしか読まなくなって“ゾロリ病”などと言われていましたが、キャラクターが同じでもお話は全て違います。違う言葉も出てくるので、少なくとも新しい言葉を覚えることにもなりますし、本を読むようになったのなら褒めてくれてもいいと思うんだけど。

 ゾロリはコマ割りの絵や吹き出しがあるから漫画のようでダメ、文字がたくさんある本は高尚だから読ませたいと大人が勝手に決めつけてきた気がします。

 子ども向けの映画も同じで、「しょうがないから連れて行ってやるか」と横で寝ているより、一緒に観てほしいです。自分が楽しんでいるものを否定されたら、大人でも嫌ですよね。まずは子どもたちがどんなところを楽しいと思っているのか実際に読んだり観たりしてみて、共感するところ、嫌なところをちゃんと話してみてほしいです。子どもたちは、大人と対等に話がしたいと思っていると思うんです。子どもたちも、自分をわかってくれる大人がすすめてくれるものならば、他の本や映画にも興味を持ってくれると思います。

——大人が子どもの好きなものに興味を持つことから、子どもとの信頼関係が築けるということですね。大人は、子どものためと言いながら難しい本を選びがちですよね。

:本を読める子は、つまらない本を読んでも「この本は面白くなかったけど、他を読もう」と別の本に手が伸びます。でも、読めない子が頑張って読んだ本がつまらなかったら、本自体が面白くないものという気持ちになって、次を読もうとは思えません。私も、幼い頃は母が読み聞かせをしてくれたことで本が好きでしたが、その後大人にすすめられた本を読んだ時に面白くなくてしばらく本が苦手になった時期がありました。読みきれない時の挫折感も覚えています。さらに感想文まで書かされたりするのですから、面白いわけがありません。

 本来、本は娯楽だと思います。大人は実用書を除けば、娯楽のために本を読みますよね。でも、なぜか子どもの本は勉強の一環にされています。どんな本でも読んでいればわからない言葉が出てきて調べたり、自然に理解したりしていくはずです。たとえば、時代劇で「拙者」っていう言葉が出てきたら、こんな感じかなってわかったりするでしょ。だから、子どもが興味を持って読んだり観たりしていることで、勉強にならないことはないと思います。

——サイン会では子どもたちの感想に驚かされるそうで、その感想が作品に反映されることもあるのでしょうか。

:子どもたちもそれぞれ興味を持っていることはいろいろですから、サイン会で話をするのは楽しいですね。次は妖怪を出してとか単純な意見なのでお話を1本作れるような話ではないけれど、今どんな遊びや本がはやっているのかなど教えてもらうこともあります。面白かったのは、隠し絵の話をした時のこと。私の本では、絵の中に私の顔やゾロリママなどをこっそり隠しているんですが、ゾロリファンだという子に「隠し絵が実はここにあるんだよ」という話をしたら、「そういうのはいいです。ぼくは面白い話が読みたいだけなんです」と言われて、驚いてしまいました(笑)。本が苦手な子でも読みやすく、読み終わった後も楽しめるようにサービスしているつもりだけど、余計なことしなくてもお話が楽しいからいいんだよって言われた気がしましたね。また、ファンレターで自作の本を送ってくれる子もいっぱいいますよ。僕も子どものころから漫画を描いていたので、そういう子のことはすごく応援したいと思いますね。

失敗してもめげないゾロリの姿で元気になってほしい

原ゆたかさん

——そろそろゾロリが結婚してもいいんじゃないか、という声もありますが…。

:サイン会でも子どもたちにそう言われることがありますけど、結婚したら、ゾロリのお話は終わるよって言うと、じゃあもうちょっとフラれてもいいかなっていう話になるので…。今、僕が昔から好きだった『男はつらいよ』の寅さんとゾロリはコラボしています。フラれてばかりでも次の映画では元気に暮らしている寅さんのポジティブな生き方が好きでしたし、何度失敗してもいいんだよと背中を押してもらえると感じていたので、ゾロリにもその生き方が反映されています。いつも失敗するゾロリを見て、自分ならちゃんとできると思ったり、失敗してもめげずに次に向かっていくゾロリの姿を見て元気になってもらえたりしたら嬉しいです。

 手前味噌ですけど、今公開されている映画(『映画かいけつゾロリ ラララ♪スターたんじょう』)では、歌手を目指す女の子が自信を持てずにいたところ、ゾロリと出会うことで自信を持ち、スターへの道を歩き出すお話を書きました。プロになっている人だって、最初から自信を持っている人はいません。頑張って努力を続けた人が夢をかなえているのだと思います。音楽もとてもステキで、夢に向かって頑張ろうと元気が出る映画だと思うのでぜひ観てみてほしいです。そして、子どもたちにはいつか自分の夢を見つけて、その夢をかなえてほしいと願っています。

——これから描いてみたい作品はありますか?

:ゾロリはこれまでいろいろ悪巧みをしてきたので、過去にゾロリがひどい目に遭わせてそのままになっているキャラクターをゾロリと再会させて、全員を幸せにしたいなと考えています。これは、長く続けてきたからこそ描けるお話でもあり、前のお話を知っている子には、ゾロリと同じように昔のキャラクターに再会する懐かしい気持ちも味わってもらえるかなと思うんです。

——71巻と72巻には、初回配本限定特典として、何度転んでも起き上がるゾロリとイシシ、ノシシの“起き上がりこぼし”がついていましたね。まさに何度でもあきらめない3人の姿に重なります。これからもゾロリの旅が続くことで、大人になったファンや子どもたちもまた勇気をもらえそうです。次のギネス世界記録(TM)に期待しているファンも多いのではないかと。

:みんな簡単に言うけど。1年に2冊のペースだから、80巻や90巻、100巻まで出すには何年かかるのよ(笑)。でも、みなさんに応援してもらって、描きたい意志はあるから、アイディアが浮かぶ間は書き続けていきたいと思っています。

 最後のお話についても、よく聞かれるけれど、もしいつか私が書けなくなっても、寅さんみたいにみんなの心の中でゾロリが旅をしていて、「まだ結婚できないのかなあ。お城は手にいれたかなあ」って心配し続けてもらえるようになるといいな。