よしながふみ『大奥』、序盤と終盤で描かれた大奥のカリスマ、お万の方と天璋院 比べてわかる二人の共通点と違い

マンガ

公開日:2022/12/31

大奥
大奥』(よしながふみ/白泉社)

 将軍は女性、大奥では数多くの美男が将軍に侍る……。

 斬新な設定や史実をふくらませた展開で注目を浴び、17年近く連載された『大奥』(よしながふみ/白泉社)が2023年1月からNHKで放送されることが決まった。その最大の特徴は将軍や歴史上の重要な人物のほとんどが男女逆転していることだ。

 本記事では『大奥』の概要をあらためて振り返りながら、序盤と終盤でそれぞれ大きな役割を果たした、女将軍と愛し合った男たち、お万の方と後の天璋院である胤篤(たねあつ)を比較したい。

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 本作では第3代将軍・徳川家光の時代から将軍が女性に切り替わる。理由は男子だけがかかる不治の病「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」がまん延して世の中がほぼ女性になったからだ。

 女性が将軍で大奥には美男ばかりと聞くと楽しそうに思えるかもしれないが、将軍は世継ぎを生み、国を統治するという重い役目を担っている。将軍が世継ぎを得るために大奥は存在し、将軍のみならず大奥で暮らす人々の多くは悲しい運命をたどることになる。

 家光の話に戻ると、当初は家光の名で将軍職を務めていたのは彼女の父だった。ところが赤面疱瘡で急死したため、家光の乳母で大奥総取締の春日局の策略でやむをえず将軍となった女性が、家光である。

 父が町で女性を襲ったときにできた子どもである彼女は、住まいを与えられ母や乳母と穏やかに毎日を過ごしていたが、父の乳母である春日局によって口封じのため母や乳母を殺され、男装させられて無理やり屋敷に閉じ込められる。抜け出そうとしたとき、見知らぬ男から性的暴行を受け、さらにはその時授かった子どもを死産する。悲惨な目に遭い、彼女の人生は踏みにじられていく。

 そんな家光が、ようやく出会えた運命の相手が側室のお万の方である。お万の方は家光の女性性を認め慰め愛し合うようになるのだが、ふたりの間に子どもができることはなく、家光はお万の方以外のたくさんの側室を持ち子どもを作らなければならなかった。性的暴行のトラウマがある彼女にとって、愛するお万の方以外の男性と性行為をしなければならないということは苦痛でしかなかった。

 お万の方もほかの側室にやさしく接しながらも家光が自分ではない男性と子どもを作らなければならない事実に耐えられず、家光の夜の相手を務めることを辞退した。

 しかしお万の方は大奥の歴史に名を残す。春日局の死後、大奥総取締となったのである。以後も大奥総取締という役職は受け継がれるが、以後幕末まで将軍の側室がこの役職に就くことはなかった。

 お万の方は家光が死に家光の長女・家綱の時代に大奥総取締を辞職して、徳川吉宗が第8代将軍に就任する5年前まで生きる。しかしその美貌と家光からの深い寵愛は伝説になり、幕末の大奥でも話題にのぼるほどであった。

 一方で赤面疱瘡のまん延は続き、将軍だけではなく武家の当主、商家や農家の主が女性という時代は100年以上続いた。ようやく赤面疱瘡の予防接種が確立されてからは男性の数も増え、接種を受けて生き延びた第11代の家斉やその息子で第12代の家慶は男性将軍になる。当然のことながら男性将軍の家斉や家慶の子はどんどんと増え、子どもたちの結婚のために幕府が多額のお金を出さなければならなくなる。

「出産する女性が将軍なら子どもをそんなに持てない」という理由で再び女将軍の時代が訪れる。第13代の家定と第14代の家茂は女性であったが、赤面疱瘡の接種によって男性人口は増え、世間では男性が家督を継ぐことのほうが多くなっていた。

 第13代将軍の家定は幼少期から実父の家慶に性的虐待を受け続け、それに嫉妬した母親から毒を盛られ死にかけたうえに、迎えた正室はふたり続けて家慶の指示で殺されることとなる。

 父が将軍であるために何も言えない家定を案じたのが忠臣の阿部正弘(女性)である。彼女は家定を守るために、聡明で剣術にも長けた瀧山(男性)を大奥総取締にして家定から離れないように命じ、家定はようやく父の毒牙から逃れることができた。

 とはいえ虐待の後遺症は家定の心身を蝕んでいた。そんな家定の運命を変えたのが、父の死後に迎え入れた3人目の正室・胤篤(天璋院)だ。

 薩摩出身の胤篤は、幕府を操るために送り込まれたのだが、彼は美しく聡明な家定を「生涯ただひとりの女性」と愛するようになり、その愛情と胤篤ならではの聡明さ、やさしさによって家定の心も解きほぐされていく。

 150年ほどの時を挟んで、ここに家光と家定、お万の方と胤篤それぞれの共通点が見つかる。

 最後の大奥総取締である瀧山は、胤篤に初めて会ったとき、その美貌に驚愕する。

お万の方様の…再来…

 もちろん幕末なので、瀧山はお万の方を目にしたことはないが、自分が誰よりも美男子だと思っていた瀧山にそう思わせるほど、胤篤は伝説の中のお万の方そのものだったのだ。

 家光と家定は、本作で描写される女将軍たちの中でも特に悲惨な過去に苦しめられている人物であり、家光はお万の方、家定は胤篤と愛し合うことによってようやく救われた。

 お万の方も胤篤も周囲を驚愕させるほどの美男子だったが、将軍たちは彼らの外見に魅せられて恋に落ちたのではない。自分の過去を受け入れ、将軍の地位や名誉に関係なく接してくれたやさしさは、ふたりの女将軍にとって唯一無二のものだったのだ。

 一方で相違点もある。お万の方と胤篤、それぞれ分けて述べたい。

 まずお万の方はもともと僧侶であったが、春日局が将軍の側室にするため還俗(出家した者が俗人に戻ること)させた人物であり、最初は大奥に無理やり入らされたことを悲しんでいた。しかし家光への恋愛感情によって彼もまた救われたのだが、純粋なお万の方は家光がほかの側室を持つことに耐えられなくなって家光に告げる。

このような男と女の恐ろしい業からどうか私を解き放ってくださりませ……!!

 決定的なこの言葉により家光とお万の方の物語は悲恋となる。

 一方で胤篤はお万の方と違って将軍の正室だったということもあり、堂々と家定を愛することができた。病弱な家定には子どもができないはずと周囲が思い込んでいたため、胤篤にとって家定との間に子どもを作ることは義務ではなく、相思相愛のふたりの間に割って入る者は誰もいなかった。

 また、僧侶であったお万の方と異なり、胤篤は女性が好きで、大奥に入る前は数々の女性と遊んでいた過去がある。お万の方にはない楽観性と、大奥の男たちの信頼を得るための振る舞いをする打算的な一面を併せ持ち、お万の方と比べると人間的で感情移入しやすい人物である。

 私が個人的に注目したのは、虐待に苦しみ父によってふたりの夫が殺されたことに罪悪感を抱き、幸せを感じたことのない人生を送ってきた家定が、胤篤によって笑顔を取り戻す場面である。

 本作では、ほぼすべての将軍が悲しい運命をたどり家定も例外ではない。しかし家定が成人後初めて浮かべた屈託のない笑顔は、決して将軍たちは不幸なだけの人生ではなかったと実感できる場面でもあり、私にとっての『大奥』の推し将軍はずっと徳川家定である。

 お万の方と胤篤。たぐいまれな美貌を持ち、将軍と愛し合ったこのふたりが、NHKの『大奥』序盤と終盤でどのように描写されるのだろうか。今から楽しみで仕方ない。

文=若林理央