結婚、出産、離婚。自己実現と、国の平和…女性自衛官たちの葛藤を描く自衛隊深層ノンフィクション
公開日:2023/1/7
自衛隊の幹部養成機関、防衛大学校。その学校に属する学生、「防大生」というと、筋骨隆々とした男子学生ばかりをイメージしてしまうが、もちろん女子学生もいる。だが、その割合はわずか1割。男社会の最たるものである軍事組織に自ら入った女性たちは防衛大学校卒業後、どんなキャリアを歩んでいくのか。国防という重責を担いながらも、自らの女性性と向き合い、きっと大きな苦悩を抱えてきたに違いない。
『桜華 防衛大学校女子卒業生の戦い』(武田賴政/文藝春秋)は、そんな女性自衛官たちの戦いに迫るノンフィクションだ。著者は『ブルーインパルス 大空を駆けるサムライたち』(文藝春秋)で話題となった武田賴政氏。武田氏は、国を護る最前線にたつ女性自衛官の姿を、綿密なインタビューと周辺取材とで炙りだしていく。
防衛大学校に女性の入学が認められたのは1992年、今から30年ほど前のことだ。だが、入学が認められたからといっても、当時、防衛大学校はまだまだ女性を否定するような環境だったらしい。防大女子一期生たちは、入学当初、上級生から「防大に女は要らない」と言われ、誰かがミスをすると、「だから女子学生は」と否定されたのだという。「女がいる中隊は訓練が楽でいい」という陰口さえ聞かれた。そんな理不尽さに常日頃から悔しい思いをさせられてきたようだ。
本書では9名の女性自衛官の姿に迫っているが、彼女たちの戦いを知れば知るほど、日本という国のために働くその姿に、背筋が伸びるような気持ちになる。たとえば、防大女子一期生、海上自衛隊の大谷三穂は、女性として初めてイージス艦の艦長に選ばれた。大谷が学生だった当時は「母性保護」の観点から戦闘部署への女性の配置制限があり、「戦闘部隊」と「肉体的負荷の大きい職域」にはつけず、女性は戦闘職種である艦長職にはつけなかった。同じキャリアを歩んだとしても、男性は護衛艦での配置を経験するのに対し、女性は訓練支援艦か練習艦にしか乗れない。配置が換わるたびに術科学校で必要な技能や知識を習得するが、女性幹部は作戦行動の内容や用語など、最新機材の扱い方も含めて護衛艦を経てきた同期男性の話に全くついていけなかったのだという。それでも、大谷は配置制限が解かれる日に備えて、艦長資格を得るための道を突き進み、イージス艦の艦長へと上り詰めた。艦長職につけるのは艦艇勤務となった幹部自衛官のなかの、わずか零コンマ数パーセント。どれほどの努力を重ねたのかと思うと、その思いの強さに圧倒させられる。
さらに航空自衛隊広報室では、大谷と同じ防大女子一期生の吉田ゆかりが女性初の広報室長として活躍している。2020年、当時の防衛大臣である河野太郎に贈ったコロナ対応の手縫いマスクが話題を呼ぶも上司の不興を買ってしまったり、同年「東京上空感謝フライト」の要請がくるも、「ブルーインパルスの政治的利用につながるのではないか」と危機感を覚えたり。ニュースにもなった出来事の裏側と、その時の思いが明かされていくのは面白い。イージス艦の艦長として300名もの乗員を率いる立場の大谷はメイクの有無だけで乗員に不安を与えかねないと考え、素の自分を覆い隠すためのカモフラージュとして化粧を欠かさない一方で、吉田は部下に対して素顔を晒すことを厭わない。部下と生死をともにする海自の艦艇指揮官と、常にメディアなど外部と接する空自の広報部署の長とでは、リーダーシップの方法が異なるというのもまた興味深いだろう。
一口に女性自衛官といえど、さまざまな人がいる。四姉妹全員が防大に進んだという稀有なストーリーの持ち主もいれば、死への覚悟を戦闘機乗りに問う要撃管制官として活躍する者も。結婚、出産、育児、離婚、大病……。あらゆる困難を抱えつつも、彼女たちは国を護るため、尽力していく。その姿のなんと勇ましいことか。その一人ひとりのエピソードを知るごとに、静かな感動が胸に宿る。
生命のやりとりをする自衛官の仕事と比べるのはおこがましいかもしれないが、ごく一般的な職場、ごく一般的な仕事、ごく一般的な暮らしをしていても、女性たちは、時にこの性別として生きることを不利に感じることはあるだろう。だが、本書を読んで女性自衛官たちの活躍を知るにつれて、自分の信念を胸に踏ん張らねばと思わされる。この本を読めば、あなたも何だか勇気づけられたような気持ちにさせられるに違いない。
文=アサトーミナミ