リアル版『二月の勝者』!? 中学受験親子の本番一週間とその過程を追ったノンフィクション
公開日:2023/1/22
加速し続ける中学受験熱。首都圏の中学受験者数は現在8年連続で上昇しており、毎年多くの親子がその世界へ足を踏み入れるといいます。『勇者たちの中学受験~わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき』(おおたとしまさ/大和書房)は、この冬に中学受験を終えた3組の親子の物語。教育ジャーナリストとして中学受験という現象を見つめてきた著者による、学校名も塾名も実名で書かれた、実話にもとづくノンフィクションです。
1章目の主人公はアユタとその父・水崎大希。大希は「目標に向かって頑張る経験が子どものためになりそう」と子どもの中学受験を決意。大希自身も、塾選びから学習計画の補助まで手厚くサポートします。新小3、つまり小学2年生の2月という早い段階で塾に通い始めたアユタは成績も好調、本人も楽しんで通塾していました。しかし新小4から通塾する生徒が増え、彼らがペースをつかみ始めた秋以降状況は一変。志望校を幾度も下方修正し、本番に挑むことになります。そして実質第一志望であったサレジオ学院の不合格がわかったとき、大希は「アユタが自分の期待に応えてくれたことは結局、いちどもなかった」と感じてしまうのです。しかし受験をすべて終えた後、大希は頑張る経験を積ませたいと思いながら結果に固執してしまった自分の器の狭さを反省。おおたさんもあとがきにあたる解説パートで、「中学受験は親次第なんて、親を競争に駆り立てるためのまやかしでしかない」と昨今の、親の方が白熱しがちな中学受験の現状に言及します。
2章目のハヤトは大手塾・早稲田アカデミーのとある教室で“三冠(男子最難関である灘・開成・筑波大学附属駒場のすべてに合格すること)”にもっとも近いと言われる存在。特待生としてほとんどの授業料が免除されており、母・風間悟妃は塾に深い恩義を感じています。しかしそのため、合格しても通う意志のあまりない兵庫・灘中学を塾の合格実績のために受験する「トロフィー受験」や、合格者数をそれぞれでカウントするための系列塾への通塾など、本来ハヤトにとっては不必要な行動も。さらにもともと切れやすい父・由弦もハヤトの受験にのめり込み、成績が下がると暴れるように。塾でも家庭でもプレッシャーをかけられ、頼るところのないハヤトの中学受験の歯車はどんどん狂っていきます。大手塾の商業主義的な側面と中学受験をきっかけとした家庭崩壊という、いわば闇の部分に迫った本章。おおたさんは決してレアケースではないと語ります。
3章目のコズエとその母・奥山咲良の中学受験物語はコズエの姉・アズサの塾選びを失敗した手痛い経験からスタート。アズサの経験から、咲良はコズエに合った塾を慎重に検討。希望通りのとある中小塾を見つけ、新小4から受験準備を始めます。小6の夏にはストレスで体調を崩しながらも、塾と家庭の温かいサポートで受験を継続。咲良も「元気で終わろう」を目標に、偏差値にしばられず無理のない範囲でコズエにとっていい学校を探そうと決意。すると咲良は、ネームバリューはなくても素敵な学校が多くあることに気づきます。コズエも精神的に落ち着くのと比例して成績も安定。第一志望に合格するとともに、コズエは偏差値的には厳しい挑戦校を二度も受験することを自ら決断。引っ込み思案だと思っていたわが子の成長に咲良は感動し、中学受験を終えるのでした。
3人の内、一番偏差値の高い学校に入学できたのはハヤトです。しかしハヤトの中学受験は、本人も周囲も成功体験として捉えることはできません。一方コズエは、挑戦校には不合格、通学する学校もハヤトより偏差値の低い学校ですが、得たものは大きいと自他ともに感じています。当たり前ですが、中学受験が人生のゴールではありません。合格不合格という結果よりも、子どもが自ら自分を律して挑戦する勇気を持ち、自分に自信を持つ。自分を全力で支えてくれる味方がいると感じる。そんな挑戦の過程で得た者の方が、子どものその後の人生の宝となるとおおたさんは伝えます。
中学受験の本質について問いかけるだけでなく、塾の構造や親が陥ってしまいがちな思考などにも言及し、一部ではカルト化しているともいわれる中学受験の構造に迫る本作。もちろん本書に書かれていることが中学受験のすべてではありませんが、中学受験の挑戦を迷うこの時期、一度読んでみることをおすすめします。
文=原智香