東大生には東大生の悩みがある… 結城真一郎、新川帆立ら東大出身作家が描く異色の「東大ミステリ」アンソロジー

文芸・カルチャー

更新日:2023/1/30

東大に名探偵はいない
東大に名探偵はいない』(市川憂人、伊与原新、新川帆立、辻堂ゆめ、結城真一郎、浅野皓生/KADOKAWA)

 日本の最高学府、その頂点に君臨する東京大学。その学生や卒業生に対して、あなたはどんなイメージを抱いているだろうか。秀才?奇才?変人?——いろんなイメージはあるだろうが、多くの人は、彼らを仰ぎ見ると同時に、その存在をつい羨んでいるのではないだろうか。しかし、東大卒作家や現役学生が執筆するミステリからは、優秀なだけではない東大生の姿を垣間見ることができる。

東大に名探偵はいない』(市川憂人、伊与原新、新川帆立、辻堂ゆめ、結城真一郎、浅野皓生/KADOKAWA)は、「東大」をテーマとしたミステリアンソロジーだ。『#真相をお話しします』が13万部突破と大ヒット中の結城真一郎氏や、デビューからわずか2年で2作品がドラマ化されるなど快進撃が続く新川帆立氏をはじめ、執筆陣は、なんと全員が、東大出身。注目作家たちの豪華書き下ろしに加え、現役東大生を対象としたミステリコンテストの大賞受賞作を加えた全6篇が収録されたこの短編集は、そのどれもが抜群に面白い。読めば読むほど、東大出身作家たちの才能の豊かさ、個性の豊かさを実感させられる。

 仲良しだった従姉妹の痕跡を探して東大の文芸サークルに入った女子学生の「泣きたくなるほどみじめな推理」(市川憂人)。地震研に届いた地震予知のはがきの謎を追う「アスアサ五ジ ジシンアル」(伊与原新)。学園祭の準備中に、クラスメートの熱烈な恋が一瞬で冷めた理由を推理する「片面の恋」(辻堂ゆめ)。東大の学生メディアのもとに、以前取材した医師は人殺しだという告発状が届いた事件を描く、コンテスト大賞受賞作「テミスの逡巡」(浅野皓生)……。一口に「東大」がテーマと言ってもその内容は多種多様。クスっと笑わされたり、ゾクッと背筋を凍らされたり。ひとたびページをめくれば、貪るようにあっという間に読んでしまった。

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 たとえば、新川帆立氏による「東大生のウンコを見たいか?」は、タイトルからして既に強烈だ。ウンコから飲用水を作る研究をしている東大農学部で起きたウンコ盗難事件。東大卒のミステリ作家・帆立が、親友リリーとともにその犯人を探す……というあらすじなのだが、このリリーが何ともいいキャラしている。ウンコが盗まれたという前代未聞の事件についてリリーは、「歴史に照らしてみて、驚くべきことではない」と言い、ウンコの歴史をとうとうと語り、帆立を巻き込んで調査を行う。真剣に聞き込みを行い、的確な推理を披露していくその姿は「何も明晰な頭脳をこんなところで使わなくても……」と思わされておかしい。だが、その変人っぷりが際立つ一方で、リリーと帆立をはじめとする女性キャラクターからは「東大女子」ならではの苦悩も見え隠れする。「東大に行くとお嫁のもらい手がなくなる」なんて言われながら、他方では容姿でランクづけされるなど、嫌な場面でだけ女扱いされる「東大女子」。彼女たちには、高学歴であるが故の悩みが尽きないようだ。

 東大というだけで、世間からはとんでもない大天才みたいに思われる一方で、「頭がいい分、何かが欠落しているんだろう」と勝手な先入観を持たれたり、何か失敗をすると「東大のくせに」とか「所詮勉強ができるだけか」とか、普通の人が同じことをしても言われないはずの嫌味が添えられたり……。結城真一郎氏による「いちおう東大です」もまた、そんな「東大」というレッテルに悩む男性を描き出す一作だ。結婚したばかりの妻・沙耶香がまっさきに挙げた新居の条件は、「東大が見えるところ」。どうして彼女はそんなところに住みたがるのだろう。「元彼は全員東大」という彼女は、東大をことさら神聖視しているわけではなく、凄いと正面から認めてくれつつも、その裏にある苦悩や葛藤を東大生以上にわかってくれるはずだった。そこに惹かれていた主人公だったが、だんだん違和感を覚え始め……。クライマックスにかけてあきらかになる真相には思わずゾッとさせられる。身の毛もよだつ予想外の展開には、数多くのミステリを読んできたミステリファンもあっと驚かされるに違いないだろう。

 東大生には東大生の悩みがある。「東大」という看板を負うからこそ、弱さや歪みを抱えている。そんな姿を知ると、ずっと見上げていた彼らは、決して手の届かない存在ではなく、私たちと同じ人間だったのだという当たり前のことに気付かされるだろう。東大に憧れる人も、「東大なんて」と思う人も、この作品を読めば、東大出身者への見方が変わるに違いない。「東大出」という括りで集められた異色のアンソロジー、他の作品集にはない独特の味わいをあなたも味わってみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ