名物チキン南蛮、特製のり弁、おうち風カレー。素朴な味わいが楽しめる定食屋を舞台にした人気シリーズを読むと、はやくごはんが食べたくなってくる

文芸・カルチャー

公開日:2023/1/20

神様の定食屋(3) うつろう季節
神様の定食屋(3) うつろう季節』(中村颯希/双葉社)

 疲れてしんどかったり、ちょっと落ち込んでいたりしたときに「おいしいごはん」が身体に も心にも沁みて、救われた気持ちになったこと、あなたにもないだろうか。時として「おいしいごはん」は、いろんなものを癒す絶大な力を発揮することがある。中村颯希さんの『神様の定食屋』(双葉社)は、そんなおいしいごはんの不思議な力にほっこりしてホロリとさせられる絶妙な味わいの人気シリーズ。このほど待望の最新刊『神様の定食屋(3) うつろう季節』が登場した。

 舞台は街の定食屋「てしをや」。店を切り盛りしていた両親が事故でなくなり、親の遺志を継ごうとする妹・志穂と、その妹を脱サラして支えようとする兄・哲史が日々奮闘している小さな店だ。最初こそ料理ができず妹に罵られてばかりだった哲史が、ある日、ふと立ち寄った神社で不思議な現象にまきこまれたことで物語はスタートする。「いっそ誰かに体を乗っ取ってもらって、料理を教えてほしい」と愚痴をこぼした哲史の前に神様が現れ、「料理を教える代わりに、望む相手に料理を振舞わせてほしい」と願うさまざまな魂たちを哲史に憑依させ、未練を解消する手助けをすることになったのだ。

 母親から息子へ、店主から常連へ、姑から嫁へ、夫から妻へ、大好きな友だちへ―突然の死で言えなくなってしまった「ありがとう」や「大好き」を伝えるために、哲史の体を借りて料理をふるまう魂たち。料理ができない哲史を魂たちが時にやさしく、時にドヤしつつ導く様こそユーモラスだが、大事な相手に心をこめた「思い出の一品」をふるまう彼らの健気な姿と、それを受け取って元気を取り戻す相手の姿に思わずホロリ。料理というものがいかに「誰かへの思いやり」を伝えるものなのか、その存在のかけがえのなさを実感させられる。

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 このたびの新刊は、「てしをや」を哲史と志穂が継いで1年目となるタイミングからスタートする。さまざまな魂たちの教えのおかげで料理にも慣れ、仕込みや後始末、お客様のおもてなしにも慣れて「やりがい」を感じていたはずの哲史だったが、店にやってきた今度結婚するという元同僚に刺激され、「このままでいいのか…」と動揺してしまうのだ。たまらず神社にかけこみ、神様に呼びかける哲史。現れた神様は「ひとつの実りを迎えたのだろう。満ちたからこそ、飽いたのだ。少しな。悪いことではないし、よくある」と哲史に声をかけ、「毒を以て毒を制す」と、亜紀さんという清楚な女性の魂を哲史に憑依させるのだが――。

 毎度のことだが、このシリーズは物語に登場する「ごはん」がこの上なくおいしそう!第一話の「てしをや」名物のチキン南蛮にはじまり、最新巻はおうちカレー、おばさんののり弁、あの日の粕漬…定食屋らしい「素朴な家庭の味」ばかりだからこそ、読みながらなんだかお腹がすいてくる(ついでに自分でも再現したくなってウズウズする)。そしてそんな「ごはん」を通じて、哲史、そして志穂が少しずつ成長し、お互いの理解を深める姿もほほえましい。ああ、「ごはん」は大事に食べなきゃ――そんな気持ちにさせてくれる、心温まる物語だ。

文=荒井理恵