4枚の訃報記事のミステリを祖父に問うと、はっきりと目を開け「今、"絵"が見えたよ」と語り出して…/名探偵のままでいて⑦
公開日:2023/2/5
第21回『このミステリーがすごい!』の大賞に輝き、早くもベストセラーに! 2023年話題のミステリ小説『名探偵のままでいて』をご紹介します。著者は人気ラジオ番組の構成作家としても活躍中の小西マサテル氏。かつて小学校の校長だった祖父は、レビー小体型認知症を患い、他人には見えないものが見える「幻視」の症状に悩まされていた。孫娘の楓(かえで)はそんな祖父の家を訪れ、ミステリをこよなく愛する祖父に、身の周りで起きた不可解な出来事を話して聞かせるように。忽然と消えた教師、幽霊騒動、密室殺人…謎を前にした祖父は、生き生きと知性を取り戻し、その物語を解き明かしていく――。古典ミステリ作品へのオマージュに満ちた、穏やかで優しいミステリ小説『名探偵のままでいて』より、第1章を全7回でお届けします。今回は第7回です。古本に挟まれていた4枚の訃報記事。楓の考えた“物語”を聞いた祖父は「大きな矛盾がある」という。では祖父の考える“物語”とは…?
「じゃあ」
かすれた声で楓は尋ねた。
「おじいちゃんは、その物語Xを紡ぐことができるっていうの?」
祖父はなにも答えず、短くなったゴロワーズを惜しむかのように親指と人差し指でなんとかつまみながら、最後の煙をふかした。
その目は、ゆっくりと――しかし、確実に細くなっていく。
楓は、寝てしまうのではないか、と心配になる。
だが、それは杞憂だった。
祖父ははっきりと目を開け、「今、〝絵〟が見えたよ」――といった。
「残念ながら、本の元所有者である男性は、すでに亡くなっているね」
「えっ」
「だってほら、見てみなさい。すぐそこに安らかな顔つきの男性がいるじゃないか」
幻視だ。
だがこの幻視は、明確な論理性に基づいている――
直感的にそんな気がした。
「物語Xのストーリーはこうだ。彼は生前、大好きな瀬戸川猛資氏の訃報記事を、哀惜の念を込め、大切にしている本の中に挟み込んでいたのだ。ところが――彼の死後、彼の奥さんが、それほどの宝物だとはつゆ知らず、遺品整理の一環として、さまざまな本と一緒にまとめて中古本の書店に売ったのだよ」
(真相だわ――)
そう思わざるを得ない。
これぞ破綻がまるでなく、すっと腑に落ちる、完璧な「物語」ではないか。
でも、と楓は食い下がった。
「どうして元所有者が男性だって分かるの? 女性ってケースだってあり得るじゃない」
ないね、と祖父はあっさりといってのけた。
「配偶者が亡くなったとき、哀しみを抑えつつも冷静な行動がとれるのは女性のほうだ。男なんてまるでだめだよ。実際、ぼくなんかも」
祖父は目線を落とした。
「妻に先立たれたとき、なにもすることができなかったからね」
楓の脳裏に一瞬、亡き祖母のふんわりとした顔立ちの面影がよぎる。
しばらくの間、沈黙が続いた。
するととつぜん祖父は、紫煙の中をじっと凝視しながら、はしゃいだように話し始めた。