松山ケンイチ×長澤まさみでこの春映画化――介護の闇と人間の善悪に迫る小説『ロスト・ケア』

文芸・カルチャー

更新日:2023/1/29

ロストケア
ロストケア』(葉真中顕/光文社)

※本レビューは小説の内容・展開について触れています。

 3月24日(金)に公開される映画『ロストケア』。松山ケンイチさんと長澤まさみさんの初共演作として話題を集めています。原作は葉真中顕さんによる同名の小説『ロスト・ケア』(光文社)。介護とそれにまつわる社会の現状をテーマにしたミステリーで、第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞しています。

 本作は、42人という戦後最多の犠牲者を残した連続殺人事件の被告〈彼〉が死刑判決を言い渡されるところから始まります。登場人物は、〈彼〉の殺人に最初に気づいた検事・大友、大友の学生時代からの友人・佐久間、介護施設で働く斯波。主にこの3人の視点で物語は進んでいきます。

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 ある時、大友の父は介護が必要な状態に。しかし検事として頻繁に転勤する大友に同居は難しく、頭を悩ませます。そこで介護企業に勤めている中高時代の友人・佐久間のことを思い出し、連絡を取る大友。すると佐久間は「金があるなら、有料老人ホームがベストだ」と力説、大友の父は系列の高級老人ホームに入居します。しかし「この世で一番えげつないのは老人の格差だ」「日本の個人金融資産の4割以上を65歳以上の老齢世代が独占しており、自分が勤める介護企業はその死に金を集めて市場に循環させている」と自慢げに語る佐久間に違和感を覚える大友。敬虔ではないもののクリスチャンであり“人はそもそも善であり、だからこそ罪を犯す時罪悪感を覚えるのだ”と考える大友と、“キセルができる場所ではキセルをするのが当たり前”という価値観の佐久間。ふたりの道はどんどん開いていきます。

 斯波は東京でフリーターをしていた23歳の時に父が脳梗塞で倒れ、一命はとりとめたものの左半身に麻痺が残ります。すでに母を失っていた斯波は地元に戻り、父を介護。涙ながらに父の生還を喜んだ斯波でしたが、認知症も発症した父の介護は辛く苦しいものでした。介護のためフルタイムの仕事には就けず、低賃金で自分の食べるものすらまともに変えない毎日。思い切って生活保護を受けようと役所を訪れると、「働けるんですよね? 大変かもしれませんが頑張って」と断られてしまいます。「あの時手術が失敗していれば……」と時々思ってしまうほど追い詰められる斯波。父を看取った斯波はその経験から介護の資格を取り、佐久間の務める企業・フォレストに入社します。そこでも斯波は、介護される高齢者とその家族がかつての自分と同じように、斯波の言葉を借りれば“社会に空いている穴”に落ちていく様子を目の当たりにするのです。

 自らは“安全地帯”にいながら、正義にしがみつく大友。勝利や成功に固執し、道を踏み外す佐久間。追い詰められる利用者たちを日々目の当たりにする斯波。3人が思わぬところで接点を持つ時、戦後最多の連続殺人事件は想像を超える展開をみせます。

 介護という社会問題に切り込むだけでなく、“善と悪”とはなんなのか、人は生まれながらに“善きもの”なのか、という壮大なテーマにまで迫る本作。映画ももちろんおススメですが、ミステリー要素を味わうならまずは小説から手に取ることをお勧めします。

文=原智香