架空の法律が存在したら、この社会はどうなってしまうのか――元弁護士の新川帆立氏が仕掛けるリーガルSF短編集

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/7

令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法
令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(新川帆立/集英社)

 ぼくらの社会には「法律」が存在する。法律によってルールが定められ、それを逸脱した人は相応に罰せられる。それが法治国家であり、だからこそぼくらは安心して生活できているのだ。

 ただし、いまの社会からは想像もつかないような法律ができてしまったら、この社会の形はどのように変容してしまうのだろうか。そこにはなんの問題も生じないだろうか。そんな思考実験を具現化したような小説が登場した。それが『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法新川帆立/集英社)だ。作者である新川帆立さんはデビュー作『元彼の遺言状』が大ヒットを記録した、気鋭の作家。そうとくれば、この新作にも期待が高まる。

 本作は新川さんにとって初となるSF短編集だ。舞台となるのは「令和」とは異なる新時代を迎えたパラレルワールド。作中では「礼和四年」や「冷和二十五年」など6つの世界線が描かれ、それぞれの世界で架空の法律が成立している。そしてその架空法律が、登場人物たちの運命を尽く揺さぶっていく。

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 たとえば第一話の「動物裁判」。このエピソード内で成立しているのは「動物福祉法」及び「動物虐待の防止等に関する法律」で、これはつまり「動物が動物らしく生きていく権利」を守るものだ。この世界では人だけを優遇する「人権」はもはや古い概念でしかなく、それに代わって「命権」が叫ばれている。たしかに、それは納得できなくもない……が驚くのはここから。このエピソードでは動画配信者として活躍する猫とボノボ(別名ピグミーチンパンジー)の裁判が描かれていくのである。

 主人公はその裁判を担当する弁護士の〈ぼく〉。被告になってしまったボノボの〈レオ〉を守るべく、その保護者の〈琴美〉の依頼を快く引き受ける。物語はこの裁判の行く末を追いかけながらも、〈ぼく〉が〈琴美〉に抱く下心がどうなるのかも匂わせていく。そして実は、それが予想もしなかったオチにつながっていくのだ。強烈なラストは、さながら現代社会に蔓延る歪みを風刺しているようでもある。

 また、第四話の「健康なまま死んでくれ」も非常に刺激的なエピソードだ。「労働者保護法」が成立した世界で、労働者の過労死がいままで以上に問題視されるようになった。慌てた企業は労働者の健康状態や生活習慣を厳しく管理することで、過労死を避けようとするが、逆に、少しでも健康状態に問題がある者は即座に解雇されるようにもなってしまった。業務中に死なれるくらいならば、さっさとクビにしてしまえというのである。なんという皮肉だろうか。本エピソードでは、そんな社会だからこそ成立するであろう犯罪の形が示される。

 他にも「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達(通称:どぶろく通達)」「南極条約の取扱いに関する議定書(通称:南極議定書)」「通貨の単位及び電子決済等に関する法律(通称:電子通貨法)」「健全な麻雀賭博に関する法律(通称:健雀法)」といった、新川さんならではの架空法律が登場する。

 ここまで読んで、「法律モノは難しそう……」と感じる人もいるかもしれないけれど、その点は心配なし。元弁護士である新川さんは、これまでの作品でもさまざまな法律の仕組みを描いてきた。『元彼の遺言状』では遺産相続、『倒産続きの彼女』では企業の倒産、「競争の番人」シリーズでは公正取引委員会の実態について、非常にわかりやすい読み口とともに物語に絡めてくれていた。その手腕は本作でも発揮されており、架空の法律にリアリティを持たせつつも、理解しやすく提示しているのである。

 そして本作を通じて炙り出されるのは、現実世界にも存在する闇だろう。SF小説という形を取って、新川さんはそれらにカウンターパンチを放っている。それがとても痛快であり、決して他人事、違う世界のことだと笑い飛ばせない説得力も持つ。愉快痛快で、ちょっと怖くもある。本作は、そんな不思議な短編集だ。

文=イガラシダイ