装飾古墳の魅力と、その謎に秘められた文化とは?「古代のアート」をめぐるロマンに浸る

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更新日:2023/1/27

装飾古墳の謎
装飾古墳の謎』(河野一隆/文藝春秋)

 4世紀半ばから7世紀に作られた、日本の装飾古墳。彫刻や絵で飾られたこの古墳にまつわる謎解きや定説の再考察から、人間の死生観や文化などの歴史の新しい側面に迫るのが、本書『装飾古墳の謎』(河野一隆/文藝春秋)だ。

 装飾古墳とは、石の埋葬施設の内部が、彩色や線画、彫刻などによって装飾された古墳のこと。人物や動物、武器などの絵、また幾何学の知識を要する繊細な図文が、彫刻や顔料で鮮やかに描かれているのが特徴だ。古墳巡りを意味する「墳活」や、「古墳女子」というワードが登場するなど古墳人気が高まる中、その目的や日本国内での分布に関して、まだ謎が多いジャンルでもある。

 著者は、九州国立博物館学芸部長の河野一隆氏。高校生の頃に魅せられて以来、40年にわたって装飾古墳などの考古学研究に従事してきた人物だ。本書ではそんな装飾古墳について、その分類や特徴、文様の分析から、装飾古墳の分布、世界の装飾古墳、洞窟壁画と装飾古墳の関連性などの幅広いアプローチから解説。日本だけでなく世界の飾られた墓について詳しく伝えており、赤や緑、黄色など極彩色が眩しい「古代のアート」のカラー画像とともに、その魅力を存分に味わえる内容になっている。

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 しかし本書の最大の魅力は、装飾古墳にまつわる謎や、定説となっている考え方の真偽を新しい切り口で掘り下げている点だ。なぜ、人々は墓を飾ったのか。なぜ、日本の装飾古墳は九州に多く、古墳時代の中枢と言われる近畿地方中部に少ないのか。各章に歴史好きが気になるテーマを設定し、装飾や古墳の特徴、または歴史上の記録などの多角的な分析を根拠に、歴史の新しい見方を提示している。

 たとえば、世界や日本各地の装飾古墳には、その土地で根付いた死生観が反映されているという解説は興味深い。著者は、古代の墓の埋葬の目的を「隠す埋葬」と「見せる埋葬」に分類。「隠す埋葬」では、穢れに侵された死者との接触を断つため、遺骸を生きている者の目に触れないところに隠すという。

 一方で、装飾古墳は「見せる埋葬」だ。これは、墓の中で死者が生活しているという世界観や、死者は墓に定期的に戻ってくるという考えに基づいている。古墳内部の装飾は、古墳の中にいる死者に見せるため、または死者に会いに古墳を訪れる者に見せるために施されたと河野氏は言う。そして装飾の特徴によって、死者に見せるためなのか、古墳に入る者に見せるためのものなのかが分かる。たとえば、石室の奥まった部分の壁の絵は手抜きで、入り口から見える部分が美しく描かれているものは会葬者向けの装飾だ。

 死生観やその土地の文明だけでなく、時の王の政治的な思惑や、歴史上の争いの新しい側面も、装飾古墳は教えてくれる。墓を飾るという古代の人々の行為が、これほど多くの発見を今に残しているのが驚きだ。

 しかし著者は、新しい考察を提示するものの、定説を否定することも、自らの考えの正しさを強調することもない。考察に至るまでの道案内を通して、遺産を読み解くひとつの方法を示してくれる。本書を読んだ後は、教科書や専門家の言葉を鵜呑みにするのではなく、歴史の仮説を自ら打ち立てて、新しい可能性を探ってみたくなる。装飾古墳研究を通じて、歴史探索の面白さを教えてくれる1冊だ。

文=川辺美希