「買う」価値がある作品を書いていきたい――複雑な事情を抱える三人兄弟の物語でデビューした著者・菰野江名さんの、小説家としての決意
更新日:2023/2/28
文学賞にはさまざまあるが、「期待の新人」を確度よく発掘してくれるのが「ポプラ社小説新人賞」だ。ポプラ社の編集者たちが、自身が一人の読者として純粋に「面白い」と思い、作者と一緒に「最高の一作を作り上げたい」と願う作品を選ぶというこの賞「第11回ポプラ社小説新人賞」で、全会一致で選ばれたのは『つぎはぐ、さんかく』(応募時の「つぎはぐ△」から改題/ポプラ社)だ。受賞そのものに驚いているというフレッシュな新人作家・菰野江名(こもの えな)さんにお話をきいた。
(取材・文=荒井理恵 撮影=後藤利江)
作家なんてなれないと思っていた
――「第11回ポプラ社小説新人賞」受賞、おめでとうございます。まずは受賞の感想を教えてください。
菰野江名さん(以下、菰野) うれしかったです。でも、最終選考に残ったとご連絡いただいてから、実際に決まるまでは、あんまり考えないようにしていました。実はその年の夏から育休をとっていて、空白の時間に賞のことを考えてしまうと、日常生活に支障が出てしまいますから。
――受賞について、周囲はどんな反応でしたか?
菰野 夫には小説を書いていることは話していたんですが、なにもつっこまずにいてくれて、受賞はすごく喜んでくれました。実家の両親もすごく喜んで「何冊買おうかな」とか言っています。実家の近くには書店が一軒しかないのですが、そのお店を応援したい気持ちもあり、「そこでたくさん買って!」と伝えました(笑)。
――「第11回ポプラ社小説新人賞」に応募したきっかけはありますか?
菰野 作品自体はだいぶ前に書いてあって、推敲をしないで置いてあったんです。たまたまこの賞の応募締め切り日が、唯一、本の話ができるすごく気の合う大学時代の友人の誕生日で。毎年、連絡を取っているんですが、そのときに本の話をしたら作品を書いていたことを思い出して。「そういえば、あの作品、どうしよう」と思って公募賞の情報をみたら、その日がポプラ社さんの締め切りだったんです。ふと「今日だ、出そう」と思って、1日かけて推敲して出しました。
――偶然に背中を押されたんですね。
菰野 以前からこの賞のことは知っていましたし、小説を書いている段階からどこかに応募することも考えてはいました。実はこの作品は、以前に別の賞で最終選考まで行っていて。選考に残ったということは、いいところがあるけどこれじゃダメということですから、少しずつ改稿して今回の作品になったんです。
――以前から「作家」になりたいと?
菰野 いえ、思ってなくて…。書くことが好きだし、本も好きでいっぱい読んでいたので、憧れる気持ちもあったのかもしれないですが、ずっと「強い気持ち」がないと作家にはなれないと思っていたし、なれるわけがないって思うようにしていた気がします。なので、本を読む時間がとれるように公務員をめざして、裁判所の書記官になったくらいなので。
――自分も書いてみようと思ったきっかけはあったんですか?
菰野 私が書くもの…ちょっとした手紙だったり、メモだったりが面白いからなんか発信すればいいのにって家族から無責任な感じで言われたことがあったんですね。もともと小説を読むのが好きだったので、それで小説を書いてみたいなと思い始めました。小説の体裁もわからないままでしたが、数だけは読んでいたので、似たように書こうと気軽に書き始めて。
――いきなり書いたのが本作ということですか?
菰野 はい。オリジナルで書いた作品は、これが初めてです。昔、高校生のときに国語の授業で「山月記」の続きを書いてみようというのがあって、今思えば、あれが初めて書いた小説だったのだと思います。書くのがすごく楽しくて、終わったあとに先生からよかった作品にも選んでもらえて。小説を書くってどんな感じだったか、あのときのことを思い出しながら書きました。
ふとした瞬間に「文章」が浮かんでくる
――受賞作『つぎはぐ、さんかく』のモチーフはどんなところから生まれたのでしょう?
菰野 書きたいと思った当時は名古屋に住んでいて。なんとなく名古屋駅から近い国際センターのそばあたりという場所のモデルはあったんです。都会的なビルが建っているけど、ちょっと中に入ると下町感のある問屋街で、住宅とかの間にポツポツとちょっとおしゃれなコーヒー屋さんとかも道沿いにあって…その並びにお店があるイメージがありました。
人物のモデルは特にいないんですが、「家族」の話を書きたいとは思っていました。血がつながっていなくても家族って呼べる人たちを書きたかったんです。
――なぜ「血のつながらない家族」だったんですか?
菰野 私は漫画の『ONE PIECE』が好きで。あの作品の中には家族も出てきますが、そうじゃない人たちもいて、でも、すごく結びつきが強い仲間たちがたくさん出てきます。その関係性がすごく大好きだったので、「家族じゃなくても強く結びつける人たちがいる」っていうのを書いてみたかったんです。
――なるほど。それをどう物語の形に落とし込んでいったんでしょう?
菰野 私の場合は、まず「文章」ありきなんです。自分の思ったことや出会ったこと、強く印象に残ったことなんかが、いつも寝る前に文章になって頭の中に出てきて、気づいたら考えているので、ストーリーを考えるというより、それをもとに文章を変えていくという感じで。よく漫画家さんとか小説家の方が、「物語を立ち上げるときには絵が浮かぶ」とかお話しされますが、それが私は文章なんです。いわゆる「地の文」が浮かんできて、それを起こしていく感覚です。
――寝る前! 浮かんだらメモですか?
菰野 いえ、私は寝付けないタイプでもあるんで、「寝る」って決めたら寝ないと一生眠れなくなっちゃうので、あきらめてそのときは寝ます(笑)。朝、覚えていることを、急いで書き留めますが、「ああ、もう忘れた、もう絶対出てこない!」というのもよくあります。
――それってたとえばどんな文章なんでしょう。
菰野 それこそ、今回の小説の冒頭〈甘くてからい。煮詰まる音はくつくつとかわいい〉もそうです。書こうって決めたときにどういう話を書こうかなって思っていたら、なんとなく浮かんだ文章がこれで、そこから書き始めました。コマ切れに浮かんだ文章をつなげて物語を作っていくという感じですね。パソコンに向かって考えて出てくることもありますが、寝る前だったり、料理してるときだったり、散歩中にベビーカー押してるときだったりが多いですね。
――主人公のヒロの内面や感受性などの繊細な描写が印象的ですが、ご自身の内面が投影されていたりするのでしょうか?
菰野 主人公のヒロは、自分とは違うタイプの人間を意識して書きました。境遇も平凡に生きてきた自分とは違いますし、一番想像力を使ったような気がします。今までたくさん小説を読んできましたが、私が好きな作品たちは心情描写がすごく丁寧で、こういう風に書いてみたいと思っていました。宮部みゆきさん、角田光代さん、江國香織さんといった作家さんの心情描写はすごく好きです。
「買う」価値がある作品を書いていきたい
――受賞後、本になることになりました。編集者さんとのやりとりはいかがでしたか?
菰野 こちらは初心者なので、手取り足取りという感じで助けていただきました。私は公務員なので、本を出すにあたって確認することを聞きたいとか、いろいろ助けていただいて。著者は私でも、私がちょっと参加させてもらったみたいな感覚が抜けないんです。
――作品そのものは変わりましたか?
菰野 はい。編集者さんによって「他者の目が入る」ってすごく大事だなと思いました。今まで読んだ小説も、「作者の方ひとりで書いたものじゃないんだ!」というのが、そのときに一番強く思ったことです。たとえば、書いていると「のってくる瞬間」があるんですが、そういうときって割とひとりよがりになりがちなんですね。そんなときに「他の人が読んだらちょっとよくわからない」ってつっこんでいただけてすごくありがたかったです。
――こうやって本の形になると、また感慨は変わりますか?
菰野 「お金を出して人に読んでもらうんだな」っていう意識がさらに芽生えました。「ほんとにその価値があるのか」って、常に考えながら作らなきゃいけないと思っています。本って高いじゃないですか。ちょっといいランチが食べられそうなお値段で、私の本を買ってもらえるってすごいことだなと。それに見合う本を作りたいなとすごく思っています。
――この先、いよいよ作家デビューですね!
菰野 これが1作目なので、まだ誰も私のことも、書くものも知らないわけですよね。私自身、読んだことのない方の作品は、「はずれかもなー」ってどこか買うのをためらうこともあるので、それがこわいなと思います。なので、早く次を書きたいですね。自分の中には「こんな話を書きたい」というストックはいっぱいあるので、時間はかかっても、それをひとつずつ文章に起こしていきたいですし、それがすごく楽しみです。
私は作家さんのエッセイが好きなんですが、それって小説を読んで、その人のことを知りたいからで。なので、エッセイにも手を伸ばしてもらえるような、そんな小説家になりたいです。
――初書籍、あらためておめでとうございます。それにしても地元の本屋さんも、さぞにぎわいそうですね!
菰野 商店街にある小さい本屋さんなんです。祖父母の代からの知人がやっているお店で、地元にとっては貴重な存在なので、私の本がお店で話題になればうれしいです。
――それって、いきなり小説のストック(題材)になりそうですね!
菰野 なりそうですね! お話ししながら、私もそう思いました(笑)。