ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、遠野遥『浮遊』
公開日:2023/2/6
あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年3月号からの転載になります。
『浮遊』
●あらすじ●
父親ほどの年齢の男性・碧くんと一緒に暮らしている高校生のふうか。
彼女は毎夜、碧くんの元恋人をかたどったというのっぺらぼうのマネキンの隣に置かれたソファに腰かけて、襲ってくる悪霊から逃げ回るホラーゲーム・『浮遊』に没頭する。しかし、彼女の周りでは、古傷が少しずつ大きくなったり、不気味な出来事を語る女の人が現れたりと、奇妙なことが起き始めて――。
とおの・はるか●1991年、神奈川県生まれ。2019年に『改良』で第56回文藝賞を受賞してデビュー。翌年20年には『破局』で、平成生まれの作家では初となる芥川賞を受賞。他の著書に『教育』がある。
編集部寸評
AKURYO TAI SAN!
物語は父親のLINEから始まる。一緒に暮らす碧くんなら、こんな長文は送ってこないのに。ふうかはそんなことを思う。作中に登場するホラーゲーム『浮遊』はその狭間で“第四の場所”的に機能する。家族でもお友達でも学校でもない、人称があいまいな空間。主人公はどこかふうか的であり、そうではない。プレイヤーのふうかはそこでたしかな疎外感を味わう。やがてその結末を目の当たりにしたふうかは、小説の幕引きで「大人になる頃には」と自問する。その様が実にスリリングなのだ。
川戸崇央 本誌編集長。あたためていたソフトを知人から借りたハードでプレイしようと昨年末。「このソフトは対応していません」。今年の年末が楽しみです。
自分の体は、いま自分のものだろうか?
ふうかの生活は快適だ。恋人は優しくて金持ち。時間もお金も充分に与えられ、柔らかなソファでゲームに興じる毎日。だからなかなか気づかない。ふうかの言動が「自分で選択しているようで、間接的に碧にコントロールされている」ことに(遠野氏インタビューより)。ふうかがプレイするゲームもそう。選択肢があるようでないような、コントロールしているようでされているような、自分の体が自分のものであるようで、ないような。そんな浮遊感、恐ろしさを、ぜひ体感してほしい。
西條弓子 本作インタビューは22Pより。ふうかの「自分の体を上手く操ることができない」感覚は私にもずっとあり、つねに記憶にない痣がある(ホラー)。
他人に委ねられるのもある意味才能
父親と同じくらいの年齢の恋人・碧くんと暮らす高校生のふうか。ふうかの趣味はゲームだ。そのゲームで操作する主人公の“彼女”は、浮遊霊らしく、自分が何者なのかがわからず、悪霊に追われながらも何者だったのか、を突き止めていく。一方で、再三の小さな疑問も流し続け、碧くんの言葉や世界を正しい、と受けとめ、思考停止させ、彼に全てを委ねているふうか。その現実の世界は、ゲームとリンクしていく。しかしこういう女性ってある意味幸せだったりするんだよな、などと思ったり。
村井有紀子 プレミアリーグを中心に我が海外サッカー熱止まらず、英語の勉強も再開。そのつながりで出来たファンコミュニティが楽しい。オタク最高……。
歪みが蓄積する、その重み
高校生ながら、父親とほぼ同い年の恋人と高級マンションで一緒に暮らすふうか。一見穏やかで何の不自由もない暮らしは怖さの対極にあるが、妙にリアルなホラーゲームの世界を通して、その不安定さが見えてくる。「逃げたって無駄だよ。どこへ逃げたって君のことを見ているよ」。ゲームでは悪霊に追われ、それが侵食するかのように現実でもいくつもの綻びが出はじめる。現実なのか、ゲームなのか、歪みが積み重なり、どこにいるのか分からない、そんな混沌とした感覚に包まれる。
久保田朝子 自分にとってのホラーヒーローは、懐かしのキョンシーです。あの奇妙な動き、白塗りの顔に、おでこのお札、どれをとってもキャッチーです。
やり直しができない現実に漂う
「ふうかがいてよかった?」この一言に、主人公が持つ埋められない孤独を感じた。ふうかと碧の関係は、不思議なくらい表面的に進んでいく。もっと対話を重ねれば関係は進むかもしれないが、今のバランスは崩れてしまうかも。寂しさを抱えながらも“碧にとってちょうどいい人間”という立ち位置から動かない・動けないふうかに、自分にも、と心当たりのある読者もいるのでは。ゲームの世界は何度もリプレイできるが、現実は違う。だからこそこの作品は、『浮遊』と名付けられたのだろう。
細田真里衣 お気に入りの手帳が路線変更して以来、「今年の手帳」を決めるのにすごく迷います。今年は3冊買ってしまいました。どれを使うか決められない!
ゲーム世界と現実がリンクする
記憶を失った少女が、悪霊から逃げながら東京をさまよう――ふうかが夢中でプレイしているホラーゲームの物語は、彼女の日常とリンクしている。ゲーム内の出来事が現実にも再現される一方で、大きな事件が起きるわけではなく、その日々は至って静かだ。しかし、つかみどころのないふうかの姿が淡々とした筆致で紡がれるなかで、日常に潜む歪みがじわりじわりと浮かび上がっていく。そして、ふと気づくのだ。その恐怖は私たちの“現実”にも繋がっているのかもしれないと。
前田 萌 ホラーゲームはプレイするより鑑賞するほうが好きです。特に謎解き要素があるものがたまりません。怖いのでゲーム操作はお任せですが……。
私たちも物語の中を彷徨っている
会社を経営しているという男の家の中で送られる現実の生活、そして、画面の中で繰り広げられるホラーゲームの物語。作中では現実世界からゲーム世界への場面の切り替わりにははっきりとした境界線がない。そして、高校生のふうかの目線を通して見るその2つの世界は朧げで、どちらの世界でも息を殺すように生きるふうかと同じようにいったいどちらが「本物」の世界なのかが区別がつかなくなってくる。そして、読み終わる頃には私たちもそれぞれの世界で彷徨っていることに気づくのだ。
笹渕りり子 新連載『20代の失敗酒場』がスタート! 今、バリバリに活躍している人生の先輩たちの味のある失敗談。ぜひ、今晩の酒のお供にご覧ください。
ずっと靄がかかったような
「今考えていることは大人になれば変わるだろうから、大人になってから考えればいいと思う」。そう語るのは高校生の主人公・ふうか。本作は彼女の一人称視点で描かれているが、なぜかずっと他人事のよう。生活すべてに現実味がないのに、違和感だけがリアルに浮かび上がる。不穏な空気にそわそわしながら読み進め、それが表出しそうな場面で物語は突然終わりを迎える。この強烈な違和感と不安はどこからくるのか、読み返したくなること間違いなし。不思議な読書体験をぜひ。
三条 凪 ホラーは苦手だ。それなのにホラー映画もお化け屋敷も大好きという友人が多くやたら連れていかれる。そろそろ耐性がついてもいいんじゃないか……。
選んでいるのか、選ばされているのか
ゲームや小説に没頭していると、ふと顔を上げた瞬間に今の自分は何者なのかと考えることがある。今の私が存在する世界は、実在しているものなのだろうか。私のこれまでの選択は、ゲームのプロットのように、何か私の意識外の存在によって与えられたものなのではないだろうか。深夜、一人のマンションで本作を一気読みした後に感じた、これまで生きてきた自分の世界がぐらつき始める浮遊感。じわじわ自分が侵食されるような底知れぬ恐怖が、頭から離れなくなる。
重松実歩 3日連続で風呂の湯を張るときに栓をし忘れました。私がゲームのキャラクターだったら、絶対に「うっかり」属性持ちなんだろうな……と思う日々。
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