片想いの相手との“不謹慎”で特別な旅…恋という感情を知る全ての人へ贈る『キミスイ』住野よる最新作

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/24

恋とそれとあと全部
恋とそれとあと全部』(住野よる/文藝春秋)

 周りからは欠点に見えそうなところも含めて、全てを好きになってしまった人がいる。性格も思考回路も容姿もファッションも全部が大好きだ。その人の欠点さえ愛おしいし、他の人には理解できない魅力に気づいた自分がちょっぴり誇らしくさえある。だが、相手の目に自分がどう映っているのかと思うと、途端に自信がない。あの人にとって自分はただの友達なのか、それとも——そんな風に片思いをこじらせて、あれこれ思い悩んだ経験はきっと誰にだってあるだろう。

恋とそれとあと全部』(住野よる/文藝春秋)は、そんな片思いが男子高校生目線で語られる青春恋愛小説。『君の膵臓をたべたい』(双葉社)や『青くて痛くて脆い』(KADOKAWA)などで知られる住野よる氏の10作目の作品だ。

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 主人公は「めえめえ」こと、瀬戸洋平、高校二年生。彼は下宿仲間の女子「サブレ」こと、鳩代司に片思いをしている。夏休みに入り、しばらくサブレには会えないと思っていためえめえは、実家に帰らず下宿に残っていた彼女に出くわす。だが、サブレにだって予定がないわけではない。遠方のじいちゃんの家に行くのだという。それも、遠い親戚の死にまつわる、ある不謹慎な目的のためなのだそうだ。

「じゃあ一緒に行く?」
「うん」

 サブレから誘われためえめえは、思わず即答。部活の休みを利用してサブレとふたり、特別な旅に出かけることになる。

 住野氏は本作に関して「ただただ、自分がきゅんきゅんする小説を書きてえ、という欲求に従い書き始めたものです。結果として生まれたこの物語で、誰かの心臓を撃ち抜ければこんなに幸せなことはありません」と語っているが、この作品は読む者の心を幾度となくときめかせてくる。旅行へのワクワク感と、その予定をなかったことにされないかという不安感。一緒に乗り込んだ夜行バスのシーンと張り詰めた空気。お互いが普段聴いている曲のプレイリスト交換。思わず掴みたくなる、好きな人の手……。これぞ「青春」というシーンに、ドキドキせずにはいられない。

 サブレは何でも少し考えすぎてしまう女の子だ。受けた恩はささやかなものでも返さずにはいられないし、相手にちゃんと考えが伝わっているか心配になり、「言い直してもいい?」と何度も自分の言葉を言い直す。そんな彼女は周囲の友達からは面倒に思われることも少なくはないが、めえめえは、そういう部分も含めて彼女が好きなのだ。今回の旅行だって、その目的は不謹慎きわまりないものだが、めえめえは、サブレのちょっと変わった考え方を理解できる自分が嬉しい。それにサブレと旅行に出かけられるだなんて夢みたいな気分でいた。

 だが、甘いだけで済まないのが、恋であり、住野よる作品だ。この物語には苦みがある。誰かを好きになることは、自分自身の不完全さに気づくこと。相手との違いを突きつけられること。不謹慎な旅はそれを嫌というほど、味わわせてくるものだ。だけれども、そんな気づきが、人を動かす力になることもある。めえめえはサブレへの思いをどうするのか。彼が踏み出そうとする第一歩を是非とも見届けてほしい。

 片想い男子と、ちょっと気にしすぎな女子。ふたりが出かけた特別な旅行は、きっと彼らにとって一生忘れられないものになるだろう。今まさに青春の真っ只中にいる人は、好きな人のことを思わずにはいられないだろうし、とうに青春をすぎてしまった大人たちは、あの頃の恋を思い出す。恋のときめきと苦さ。それを追体験できるこの小説は、恋という感情を知る全ての人の心臓を撃ち抜くに違いない。

文=アサトーミナミ