メタバースの進化で脱資本主義が加速化! 来るべき社会の未来像を思考する
公開日:2023/2/8
2021年10月、米フェイスブックが社名をメタ・プラットフォームズに変更したことが話題になった。この“メタ”の由来がメタバースだ。メタバースという概念はSF作家ニール・スティーブンスが1992年に発表した小説『スノウ・クラッシュ』に登場する仮想空間がルーツになっていて、本作はメタ創業者のマーク・ザッカーバーグなど数多くのIT起業家に影響を与えていることで知られている。
本書『メタバースと経済の未来』(文春新書)の著者で経済学者の井上智洋氏は、メタバースを「コミュニケーションできる仮想空間」と広く定義。そして、本書の冒頭で「人類は今から20年以内に、目覚めている多くの時間をコンピュータ上の仮想空間で過ごすようになる」と宣言している。『マトリックス』『レディ・プレイヤーワン』『竜とそばかすの姫』『ソードアート・オンライン』など、現実世界と相を異にする仮想空間をモチーフにしたフィクションは数多く発表されて、あんな世界が現実になるの?なんて疑問も思わず浮かぶが、すでに多くの人が1日に何時間もSNSやオンラインゲームに時間を費やしていたり、オンラインでのミーティングや授業などが一般的なものになっていたりすることを考えれば、メタバースという仮想空間に入り込むこともその延長線上にあるといえるかもしれない。では、メタバースは今後どのような発展、進化をしていくのか。そして、それは経済と人間社会にどのような変化をもたらすのか。本書はそうした未来像を探究、考察していく。
著者は今後の社会の方向性として、リアル空間をデジタル化していくスマート社会と同時にデジタル空間をリアル化するメタバースが進化していくとし、メタバースの普及がこれまでの経済の特徴を大きく変えていくという。
基本的に資本財を必要としないメタバースでは資本家の優位性が崩れることに加え、仮想通貨やガバナンストークンを発行して資金調達を行う分散型組織のDAOといったWeb3.0技術の発展により、従来の資本主義とは異なる“頭脳資本主義”ともいうべきものが全面化する。そこで企業の売り上げや一国のGDPを決定づけるのは労働者の頭数ではなく、頭脳のレベル。とくにメタバース内においては、デジタル空間をデザインしたり、メタバースでイベントをプロデュースしたりするクリエイターとしての資質がある人が活躍し、重宝されることになる。クリエイターが有利になるメタバースが普及することによって、社会は頭脳資本主義、クリエイティブ・エコノミーを加速させていくというのだ。
そうした社会はクリエイティブな能力がなかったり、頭脳を発揮して稼ぐことができなかったりする人にとっては住みやすいものとは言えないかもしれない。本書では所得格差がさらに広がってベーシックインカムも必要になるだろうと予測されている。メタバースの普及は現実の窮屈な制約を解き放って多くの恩恵をもたらすかもしれないが、単純なユートピアを実現するわけではないのだ。それでも、これまでさまざまな技術の革新が否応なく人間の社会と生活を変えてきたことを考えれば、もはやメタバースが社会に浸透する加速化は止められないだろう。だからこそ、日本経済の現状に強い危機感を持つ著者はメタバースを日本経済逆転のチャンスにしなければならないという。IT後進国、AI後進国であり、すでにメタバース後進国にもなりつつあるという日本だが、マンガやアニメなどメタバースにふさわしいコンテンツを豊富に持つ優位性はかなり強く、「日本に残された最後の可能性がメタバースとも言える」とまで述べている。これからの日本に住む誰もがメタバースと無関係ではいられないのかもしれない。
メタバースの可能性、経済の変化がSFめいた遠い未来の話ではなく、今ここにある社会と地続きにあることがよくわかる1冊だ。
文=橋富政彦