湾岸タワマンの「中の人」から見たタワマン文学とは――。『息が詰まるようなこの場所で』著者・外山薫×湾岸タワマン専門家・のらえもん対談

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公開日:2023/2/15

息が詰まるようなこの場所で
息が詰まるようなこの場所で
(外山薫/KADOKAWA)

 2023年1月30日、湾岸×タワマン×中学受験をテーマにした小説『息が詰まるようなこの場所で』(KADOKAWA)を発売した外山薫さん。「どうしてもこの人と対談したい」と指名したのが、湾岸のタワマンに関する情報を10年以上にわたり発信し続けるブロガー・のらえもんさんだった。『絶対に満足するマンション購入術』などの著書もあり、湾岸タワマン住民から絶大な支持を得るのらえもんさんの目に、タワマン文学はどう映ったのか――。

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外山薫さん(以下、外山):このたび、まさか対談を受けていただけるとは。タワマン文学って、湾岸のタワマン住民をいじる所からスタートしているので、怒られるんじゃないかと。今回の作品でも、「湾岸の妖精」を自称するのらえもんさんをモデルに、「湾岸の神」とか勝手に登場させてるし(笑)。そもそもなんですけど、湾岸タワマンの「中の人」から見たタワマン文学ってどんな感じですか?

のらえもんさん(以下、のらえもん):まず第一にムカつくというのはありますね(笑)。ただ、この本を真面目に分析すると、考え方、視点がいかにも伝統的な日本企業の人っぽいなと。実は最近の湾岸タワマンは価格が高くなっていて、士業や経営者の人の割合が増えています。だから、湾岸住民でも共働きのいわゆる「パワーカップル」みたいな人には刺さっているかもしれないけど、そうじゃない人にはピンとこないんじゃないかなと感じていますね。

外山:そこは書き手としても結構悩んだ所なんです。私も会社員なんで、タワマン高層階に住むような人たちの生活実態が見えない。今回、実際にタワマンに住んでいる医者の知人に取材させて頂いたのですが、そこで得た情報をつなぎ合わせて、想像を加えて書いている部分も多いです。

のらえもん:(銀行員の夫妻が主人公だった)1章と2章は外山さんの経験が十分に反映されていてねちっこい描写が実にリアルだったね(笑)。こんなに価格が上昇する前までは、銀行員の総合職と一般職、みたいなカップルも多かった。不動産価格が高くなってしまった今では無理。世帯年収が1200万円だと、エントリーできないし買っても維持できない。

外山:世間的には勝ち組のはずなのに、もう入り口にすら立てない。厳しい世界ですね。あと、これは是非聞きたかったんですけど、タワマン内の格差っていうのを、住んでいる人はどのくらい気にしてるんですか? 小説内でも、住んでる階数や間取りでだいたい価格が想像できてしまうという描写があり、主人公のさやかは上を見てはため息をついている。

のらえもん:まず、タワマンの中には1LDKが設定されていることが多いのですが、独身やDINKs(子どもがいない共働き夫婦)だとご近所づきあいというものはほぼ存在しないと思ったほうが良い。だって、会う機会がないから。子どもがいたら別ですよ。保育園とか小学校とかの付き合いは濃淡はあれど発生します。あ、幼稚園だと専業主婦同士だから、属性が色濃くでるかもですね(笑)。専業主婦だと、ママ同士のクラス感は可視化されますね。保育園だとお互い忙しいからそこまでないかもです。

外山:タワマンというか、現代の東京って人付き合いがすごくドライですよね。我々の世代の、団地的な文化とは大きく違う。小説内ではPTAという場を使って、無理やり母親同士に付き合いをもたせています。現実問題、小6にもなって一緒にキャンプに行く、みたいのはレアケースなんだろうなとか思いながら(笑)。

のらえもん:まぁあるっちゃあるかも。住民同士のBBQ。ドライの中にも一応のコミュニケーションは存在しますよ。湾岸エリアはBBQ場がやたらたくさんあるから。

外山:ところで、もう一つのテーマである中学受験についてはどうですか? 湾岸の教育熱っていうのはものすごい。中学受験のための塾が次々と開校しているし、小学校によってはクラスの9割が受験をするなんて声も聞きますが。

のらえもん:東京湾岸エリアのタワマンに住んでいるのは統計的に大卒、大学院卒の人が多いんだから、当然じゃないですか。みんな高学歴だから、子どもの教育にも熱心。故郷は嫌だ、東京で一旗揚げたい、そんな人が集まって教育に力を入れる。地方や郊外から資産背景なしに東京に出てきた高学歴の人にとっては、教育でしか次世代へのバトンタッチが成り立たないと理解している。でもそれって、批判されることでもないと思うんですよね。

外山:勉強を頑張って有名な大学を出て、高収入になってタワマンを買うようなエリートになってもそこがゴールではなく、子どもの教育に力を入れて良い学校に入れなければいけない。現代社会における一つの正解ではあると思うんですが、中の人はどうしても息苦しさを感じてしまう。小説で一番描きたかった部分でもあります。

のらえもん:でもあの小説の登場人物の悩みって、偏差値で言えば67から72の間で争っている、みたいな世界ですよね。だからこそ小市民みたいな心はうまくつついているなと思いました。

外山:その通りで、塾の一番上のクラスだろうが、少し下のクラスだろうが、中学受験をさせて、開成とか慶應とか言ってる時点で上澄みなんですよね。なのに、みんなそこでウジウジ悩んでいる。作中では、地権者という、偏差値の世界に縛られない世界の住民を放り込んでいます。

のらえもん:あの描写は、月島あたりのタワマンだと成り立ちますかね。新しく入ってくる人と、昔から住んでいる人の価値観の違い、みたいな。知り合いもいますが、たしかに移民ほど肩肘張ってない、自然体って感じはしますね。自分で商売をやってる人たちだし、そこまで教育に力を入れなくてもね、みたいな。でもあの小説、舞台は豊洲じゃないんですか? 深川まで歩いて初詣に行く、みたいな描写ありますよね。

外山:さすが湾岸の専門家、鋭い(笑)。そこは意図的に混ぜてます。立地的には豊洲を匂わせつつも、再開発や地権者という意味では勝どきや月島のエピソードを取り入れてます。銀座にバスで行く描写とか、あえて豊洲ではありえない描写も入れました。様々な街の要素を詰め込んで、「湾岸」というバーチャルな街を作りたかった。ネットで湾岸タワマンを叩いてる人だって、豊洲と勝どきの違いをわかってる人なんていないですよ。

外山:あとこれも聞きたかったんですけど、湾岸の人たちって、やたらTwitterに生息してませんか?タワマンの写真をアイコンにして、スケボーキッズを激しく批判している、みたいな。作中でもそういう人を出してますが、あれはどういう心情なんですかね?

のらえもん:攻撃的なのは半ばネタでやっている人も多いんだろうけど、湾岸エリア愛が強いというのは、とてもよくわかります。さっき湾岸タワマンの値段が上がっているという話をしたけど、ベットする金額が大きければ大きいほど、その選択が正しかったということにしたい。東京に出てきて、地元でもなんでもない埋立地のタワマンを選んだ自分は正解だったと。そんな所に、スケボーに乗った蛮族がやってきてガリガリ傷つけていたらムカつくし排除したいというのは当然の感情だと思う。

外山:蛮族(笑)。

のらえもん:私もそうなんですが、地方や郊外でそれなりにお勉強ができる子はヤンキーから迫害されるんですよ。上京して良い大学に入って、正社員同士のパワーカップルになってようやく安息の地を見つけたと思ったのに、またお前ら、俺たちのテリトリーに来ているのかと(笑)。

のらえもん:あとTwitterで湾岸住民が多いのは、ほぼ全員が地元じゃないから、移民一世だからという仮説を立てています。知り合いもいないし、だから自分がここに住んでいるとほのめかすアカウントを作って、それで近所の人同士でオフ会をする。そういう付き合い方をしている人が多いんじゃないですか。

外山:おお、現代的だ。知らない人と会うのって危ないイメージもありますが、湾岸に住んでいるという時点でフィルターがかかっているし、合理的ですね。Twitterを使ったつながりっていうのは今後の小説でも参考にさせてください。最後になりますが、湾岸の未来について、どう見ていますか?

のらえもん:え? まだ書くつもりなの? 次は世田谷を舞台にしてよ。それは置いといて、物件の価格が高くなって、総合職共働き、みたいな本当のパワーカップルじゃないと住めなくなっています。一方で、さっきも言った通り、士業の人がすごく増えている。昔から住んでいる人より、新しく入ってくる若い世帯の人のほうがお金を持っている、みたいな世界があります。でも、未来は明るいと思います。江戸の時代から東京は海のほうへ拡張してきた歴史があります。いわば、フロンティアの役目を担わされている。湾岸エリアにいま住む人は新しい東京エリアを作る開拓民の役割でもある、そう思ってますね。

外山:なるほど、しかし開拓民になるためにも世帯年収1200万円では厳しいというのは世知辛い。やっぱり、流山で幸せになるしかない!(笑)