平均年収2000万「キーエンス」を紐解く。NTTやソフトバンクGを超えの時価総額を誇る成長メカニズムを解説

ビジネス

公開日:2023/2/14

キーエンス解剖 最強企業のメカニズム
キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』(西岡杏/日経BP)

 キーエンス、という企業をご存じだろうか。創立50年を迎えようとする企業で、14兆4782億円の時価総額を持つ(2022年11月の時点)。NTTやソフトバンクグループより時価総額が上だと言えばその巨大さが伝わるだろうか。さらに社員の平均年収は2183万円。サラリーマンとしては驚異の給与の高さも有名である。

 一方で、「そもそも何をする会社なのか」「社員がどうやって利益を安定して生み出しているのか」、実態を知る人は少ない。謎がいっぱいの会社でもある。私はなんだか、魔法使いの集団のように思っていた。

 『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』(西岡杏/日経BP)は、そんなキーエンスの内側に切り込んだ本。会社の歴史に触れながら、成長を続ける秘密と仕組みが描かれている。

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精鋭社員たちの凄まじさに圧倒

 キーエンスの主力商品は、センサーを中心とした電子機器だ。工場、倉庫、研究所に出入りする人でなければ商品を目にする機会もあまりない、言ってみれば「地味な会社」の部類に入ると言える。

 それが時価総額で日本五指に入り、利益率は実に55%。ピンと来ないかもしれないが、日本の利益率の平均は3%程度。10%もあれば優良と言われる。自己資本率も90%を超えている(トヨタの自己資本率は37%ほど)。

「この数字を実現してください」と言われたら誰もが難しいと感じるだろうし、それを何年にもわたって実現していること自体、魔法でも使っているのかと疑ってしまう。

 日本の企業の中でたぐいまれな存在感を示すキーエンスという会社を支えるのは凄まじい業務量をこなす社員と、その仕組みだ。

「キーエンスは仕組みと、それをやり切る風土がすごい」

 キーエンスのOBはそう表現したという。社員の激務ぶりは「30代で家が建ち、40代で墓が建つ」と表現されるほどだという。噂に違わぬハードワークぶりも詳しく紹介されている。「全商品を即納」「どうしてそれを知っているという情報すらキャッチして営業をかけてくる」など、相手のニーズをすくい取る一方で、「1日に五件のアポは当たり前」と駆けずりまわる営業の姿も示される。

 外報(外出報告書)は商談の前と後に必ず書くそうだ。手ごたえや商談開始・修了時刻まで詳細に書き込む。基本的に商談後5分以内に記入するのが暗黙のルールだというから徹底している。これだけやるのは大変そうだが、充実感も半端ないだろう。

「理詰めで伝える」ことで業務をスムーズに

 OB曰く、

「キーエンスでは『わかっている事はきちんと数字で言って』と指摘された」

 そうだ。外報の面談時刻の記入からもわかるが、キーエンスはできる限り数字で表す風土があり、曖昧さを厭う。それは相手のロス、自分のロスを出さないためだ。

“この商品の在庫が50個になった。品切れを起こさないように3日後までに発注したいので承認してほしい。今は1日に数個売れている。発注から出荷までは数日。納品まではさらに1日、配送時間がかかる。1回の注文のロットは50個だ”

 この説明を聞いてどう思うだろうか。一見すれば問題なく思える。しかし、キーエンス的に考えると、これは適切ではない。「1日に数個は具体的にいくつなのか」「発注から出荷までトータル何日か」「発注元の受付時間は何時までか」まで明確になって初めて、適切な説明となる。

 細かい、と思うかもしれない。ただ、考えてみれば当たり前である。曖昧な部分があれば仕事は滞り、本来なら不要なストレスも溜まる。どこかにしわ寄せが来るかもしれないのだ。

 激務も、給与の高さも、即納も、それぞれがメリットを考えている結果だ。激務に関しては皆さん何卒ご自愛くださいと思うが、良い循環を自分たちで生み出しているのだ、と本書を読んでしみじみ感服した。

魔法の実態は地道な積み重ね

 キーエンスの人々は、たとえガソリン不足でも突っ走るような根性論を実践しているわけでも、魔法使いでもなかった。

 日々きちんと仕事を行い、それを時間、日、月、年と積み重ねて結果を出しているだけだ。

 なぜこんなに自分が畏怖の念を抱くのか、読みながら考えてみたが、多分「ものすごく頭が良いのにコツコツ勉強をする同級生」を見てしまった時の感情に近い。なお、キーエンスに勤務する知人に恐る恐る「本当にこのように仕事をしているのか」と聞いてみたところ、あっさりイエスと言われて驚いた。

 理想は持つ事はできるが、実現する事は難しい。ましてやそれを実現し続けるのはもっと難しい。

 できることを積み重ねて人を圧倒させる結果を出す。我々がキーエンスという会社が気になって仕方ないのは、実際のところ給与でも時価総額でもなく、その仕組みと人の力なのかもしれない。

文=宇野なおみ