犯罪史上稀にみる凶悪な事件…徹底した取材とリサーチで「北九州監禁連続殺人事件」の全容に迫る
公開日:2023/2/11
2002年3月、ひとりの少女が監禁先から祖父母のもとへ逃走し、警察に保護されたことがきっかけとなって恐るべき残虐な事件が発覚する。後に裁判官から「犯罪史上稀に見るような凶悪な事件」と断罪されることになる、北九州監禁連続殺人事件だ。少女に対する監禁・傷害容疑で逮捕されたのは、松永太(死刑確定)と緒方純子(無期懲役確定)のふたり。その後の少女の告白と警察の捜査によって、少女の父親、ふたりの子どもを含む緒方の親族6人、計7人の殺害が明らかになっていく。そこで判明したのが、松永らが被害者一家を恐怖支配し、互いに殺し合いをさせていたという尋常ではなく残酷な犯行だった。
本書はこの事件を20年にわたって追い続けてきたノンフィクション・ライターの小野一光氏によるルポルタージュ。著者は自身の裁判傍聴記録、警察関係者や担当記者、被害者遺族、犯人たちの交友関係、現場の近隣住人に至るまでの丹念な取材、膨大な裁判資料の調査、そして松永本人との手紙のやりとりと面会を通じて、事件の発覚から捜査の進展、裁判の経過とそれによって明らかになる犯行の詳細、判決から現在に至るまで、この凶悪事件の全貌を詳らかにしていく。
ひとりひとりの被害者がどのような虐待、拷問を受け、殺されていったのか。少女や緒方の証言によって再現される犯行の実態はまさに酸鼻を極める。しかし、さらなる恐ろしさは、人間がどのように壊れていくのか、その過程のドキュメントにある。
松永に出会うまでは何ら犯罪と関わることなく、ごく普通に暮らしていた人々が、財産をむしり取られた挙げ句に家族同士で殺し合う。衰弱しきって「タカちゃん、私、死ぬと」と問う妻に夫は「智恵子、すまんな」と言って首を絞め、10歳の娘がその足を押さえる。こうした信じがたく異常で凄惨な行為は松永が命令したわけではない。彼らが自分からそうせざるを得ないように仕向けられたものなのだ。そのマインドコントロールと脅迫、虐待と拷問の手口の残虐非道ぶりには絶句するほかない。最終的な結果として幼い子どもたちが無惨に殺されていく場面などは読み進めるのが苦しくなってくる。
しかし、個人的にもっとも恐ろしいと感じたのは、緒方一家が全員殺害された後、事件が発覚して逮捕される直前に松永から接触されたというカラオケボックス店員の証言である。松永は給料日直前で金がないという彼に「とっとけ」と1万円のチップをたびたび渡し、さらに緒方とともに酒を持って家を訪れて「テル(※店員の名前)が好きやけ。まだまだこれからがあるけ、頑張れよ。困ったことがあったら、助けちゃるけ」と涙を見せながら熱く語ったという。甘い顔をして若者に近づく松永の目的は明らかだろう。7人もの人間を死に至らしめたしめた後、金づるを失った松永はまったく無反省に再び食い物にするターゲットを探し始めていたのである。
良心、倫理観、他者に対する共感の完全なる欠如。これが同じ人間なのかという思いが湧き上がる。しかし、もちろん松永も同じ人間であり、逮捕されるまでは何食わぬ顔をして社会に潜んでいた。こうした人間は思いがけず身近に存在しているかもしれないのだ。
文=橋富政彦