ソフトドリンク300万円、もやし1袋1000万円。歌舞伎町ホストクラブの内情を女子大学生ライターが描き出す
更新日:2023/2/17
ホストクラブに通う現役女子大学生ライターの日々――佐々木チワワ氏『歌舞伎町モラトリアム』(KADOKAWA)はそんな副題を冠したくなる本だ。佐々木氏の前著『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』は、15歳の頃から歌舞伎町に出入りしてきた彼女が、その街の実情を定点観測で浮かび上がらせた力作だった。同書では、家出少女から路上生活者、無名のホストまで、様々な事情を抱えた人々が集う場として、歌舞伎町の闇/病みが活写されている。
今回はテーマが絞られた。具体的には、著者が見聞きしてきた歌舞伎町のホストクラブの実態について、である。ゆえに本書には、真実の愛を求めて歌舞伎町を闊歩した著者の想念が焼き付けられている。読者の中には、ホストクラブは未知の世界だからこそ、読んでいて予断を覆される人も多いのではないか。親子でホストクラブに赴く人もいるなんて、筆者も知らなかった……。
「歌舞伎町では、愛はお金で伝えなさい。好きの気持ちを金額で表しなさい」――ホストクラブに通う女性には、そんな言葉が長年投げかけられてきたという。愛され方は分かっても、愛し方は教えてもらえない女性が多い、と。そして、だったら愛情をお金で表現しようとしたお客さんたちが辿り着いたのが、ソフトドリンク一缶が200万~300万円するという世界。もやし一袋に1000万円出した猛者までいるほどだ。
著者は本書で、ホストの草摩由季氏と対談しているのだが、彼は、ホストへの貢献は目に見えるお金とは別の「心の資産」によって左右されると述べる。それは、誰かを信じる心の強さや、関わった人から得た信用の強さだ。ホストクラブ=拝金主義の根城、なんてステレオタイプを持ち出すのは、早計だしイージーすぎる。
例えば、巷間に広まった感のあるシャンパンタワーでは、ただ場を盛り上げるのでは終わらない。ホストによっては、お客さんに伝えたいことを事前にメモして、喜んでもらえるように工夫するそうだ。ホストが自分のために時間をかけて言葉を紡いでくれるなんて、それはお客さんには嬉しくて堪らないのだろう。
かくいう筆者はアイドルにハマっていたことがあるのだが、アイドル現場とホストクラブの構造はちょっと似ている。当時のアイドルへの推し活としては、週末に地下アイドルの聖地とされるライヴハウスに通い詰め、アイドルとツーショットチェキを撮ったり、握手会に参加したり、グッズを買い買いあさったり、といったところ。熱心なファンの金銭的な後押しにより、アイドルたちのポジションが決まる。だからこそ、推しの子には時間もお金も労力も躍起になって費やす。ホストクラブのお客さんにも、少なからず分かってもらえる心情ではないかと思う。
だが、どのアイドルにも必ず「終わり」が来るという、残酷な事実がある。それはちょっとした大人の事情による、あっけない「卒業」だったりもする。筆者は、推していたアイドルがいなくなった時の喪失感を思い出すと、今でもダウナーな気分になる。そして、それはホストクラブにも言えること。ホストは推せるうちに推せ、と著者も書いている。活動休止、結婚、引退、老衰などは、アイドルにもホストにも、平等にやってくるのだ。だからこそ、推しには会えるうちに会って、愛を惜しみなく捧げるべきだ。心の底からそう思う。
また、本書の多くは、ホストクラブにハマった女性の心境から成り立っているが、これがコラムなのか独白なのかポエムなのか日記なのか私小説なのか、なんとも判然とし難い。だが一方で、そのエモーショナルで捉えどころのない文章に、可能性や新しさを感じた。特に、特定のホストに耽溺したお客さんの熱愛ぶりや、ただならぬパッションには、ただただ、圧倒されるばかりだった。
そうした中、重要で示唆に富む会話がある。著者は「ホストクラブに通っていて、そんな大金を使って無駄じゃないですか?」と聞かれると、「逆に今まで生きてきて、大金をかけてでも手に入れたもの、味わいたいもの、行きたい場所はなかったんですか? 悲しい人生ですね」と答える。本書の本質をまっすぐに伝える、実に適格で爽快なアンサーではないだろうか。
文=土佐有明