90年代 下北沢に集ったバンドマンたちの成功と挫折。ノーナ・リーヴス西寺郷太が描く自伝的青春小説

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/15

90’s ナインティーズ
90’s ナインティーズ』(西寺郷太/文藝春秋)

 97年にメジャー・デビューし、ポップで親しみやすい曲を多数リリースしてきたバンド、ノーナ・リーヴス。そのメイン・ソングライターにしてフロントマンの西寺郷太は、80年代のポップスやヒット曲に並々ならぬ愛着と該博な知識を持つことで知られる。そうした彼の趣味は『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(ビジネス社)、『プリンス論』(新潮社)といった著作でも十全に発揮されており、現役のミュージシャンならではの明晰な分析が光っていた。

 だが、新刊はだいぶ趣が違う。西寺氏の『90’s ナインティーズ』(文藝春秋)は、自伝的な色合いの強い青春小説である。舞台は主に90年代後半の下北沢で、ギター・ポップやネオ・アコースティックに夢中になった若者たちの交流と交友が活写されている。

 西寺氏が「沢山の仲間と再会し、話を聞き、客観的な記憶も混ぜるよう努力した」という通り、ピールアウト、プリスクール、トライセラトップスといった実在のバンドが多数登場。また、西寺氏が、サニーデイ・サービスやキリンジ、シンバルズらの音楽を聴いた際の衝撃も克明に綴られている。

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 当時、確かに下北沢のライヴハウスは賑わっていた覚えがある。才気あふれるミュージシャンやバンドが集まり、打ち上げはいつも賑やか。メジャー・レコード会社のディレクターやスカウトマンも多数出入りしていた。音楽産業もギリギリで経済的な余裕があった頃の話である。

 筆者も同時期に下北沢のライヴハウスに出演していたので、見知ったライヴハウスや居酒屋、喫茶店が登場し、読んでいて甘酸っぱい気持ちになった。また、「バンドマンあるある」がフックになっているのも面白い。昔を懐かしむ読者も少なくないだろう。

 しかし本書の本当の凄さは、個人的な体験を発端としながらも、普遍的な青春小説に昇華されているところだ。下北沢のバンドマンたちのスモール・サークルをとっかかりに、夢や希望や挫折や恋愛などが、軽やかな筆致で描写されている。

 その意味で連想したのは、新進気鋭の漫画家たちの青春を振り返った『まんが道』や『トキワ壮の青春』といった漫画や映画である。前者について、コラムニストのブルボン小林氏は、「自立することの心地よさと健全性に満ちている」と述べている。また、後者について、藤子不二雄Ⓐは「僕の思い出話ということではなく、青春物語としても大傑作だと思っています」と語った。創作に打ち込む若者たちに迫った本書にも、ほぼ同じことが言えるだろう。

 西寺氏はその後、ノーナ・リーヴスでの活動の他、SMAPや和田アキ子、YUKIなどに楽曲提供をするまでになったが、そこに至るまでの道のりは決して平坦でなかった。インディー時代、ソングライターとしての未熟さを実感した彼は、音楽に集中するために待遇の良い仕事を辞職。退路を断って作詞・作曲に邁進した。元々、子供の頃からプロのミュージシャンになると思い込んでいた彼は、23歳のうちにプロになれなかったら、まったく別の世界に進むと決めていたそうだ。

 西寺氏の音楽との向き合い方には「深刻な生真面目さ」があった、と本人が作中で自己分析している。メジャー・デビューを目指してストイックに作詞・作曲に没頭し、尋常ならざる集中力で名曲をものにしてゆく。そんな彼の燃え盛る情熱には、読んでいて目頭が熱くなった。ジャンルはなんでも構わない。夢中になれるものを見つけたら、とことんその道を究めるべし。本書で西寺郷太が教えてくれるのは、そんなことではないだろうか。

文=土佐有明