EXILE・橘ケンチがマイケル・ジョーダンから学んだプロ意識。自分を失わず、エンタメの世界で走り続けるために大切にしている2冊とは【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/21

橘ケンチさん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただくのは、EXILEおよびEXILE THE SECONDのメンバー・橘ケンチさん。ミュージカル「チェーザレ 破壊の創造者」に出演するなど、ダンス以外にも活動の場を広げている橘さんは、2月8日には、自身の半生を映し出すような初の書きおろし小説『パーマネント・ブルー』(文藝春秋)を上梓したばかり。

 また、“本好きな皆さんと橘ケンチが一緒に創り上げる書店”というコンセプトのもと、価値観を交換して共有する場としてたちあげたオンラインサイト「たちばな書店」を運営するほど読書家としても知られている。そんな橘さんは、いったいどんな本に影響を受けてきたのだろうか? 原点となる2冊について、語っていただいた。

取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳

陰で途方もない努力をしている人だけが、表舞台で輝くことができるのだと知った

――先日刊行された『パーマネント・ブルー』の主人公・賢太と同様に、橘さんも、元NBAバスケットボールプレイヤーのマイケル・ジョーダンがお好きなんですよね。

橘ケンチさん(以下、橘):小学生のときは、めちゃくちゃ憧れていました。何度も繰り返し映像を観て、彼のようにバスケをしたいと一生懸命練習して……。そんな僕に、あるとき知り合いがマイケル・ジョーダンの写真集『rareAIR―マイケル・ジョーダン写真集』(徳間書店、現在絶版)を貸してくれたんです。写真はもちろんのこと、添えられている文章がまたよくて。ただカッコいいだけでない、トッププレイヤーだからこその葛藤や、試合に臨むときの心構えなど、それまで知ることのなかった彼の胸の内が綴られていて、衝撃を受けました。

――どんな文章が印象に残っていますか?

:マイケル・ジョーダンって、賭け事が好きらしいんですよ。たとえば移動中に、遊びでポーカーやトランプゲームをやるときも、必ず賭けて、絶対に勝つ。そうすることで日頃から勝負勘を常に養うようにしている、というのはすごいなと思いました。それから、どんなに忙しくても練習には一切手を抜かず、誰よりも早くきて、誰よりも遅くまで残るのだと。練習で完璧に結果を出せなければ、試合でうまくいくわけがないという考え方なんですよね。だから、試合で手を抜いている他の奴らに自分が負けるわけがない、プロ意識は僕の方が絶対に上なんだから、と不遜ともとれることを言っているんですが、言えるだけの実力を示しているのだから、やっぱりすごいですよね。感覚の研ぎ澄ませ方、仕事に対する姿勢など、僕も日頃から読み返すことで見倣うようにしています。

――表舞台で光り輝くためには、それ相応の努力が必要なのだと。

:はい。それはエンターテインメントの世界で活躍する先輩方を観ていても、わかる。自分はどれだけのことができているだろうかと、常に照らし合わせながら、失敗を恐れず前に進みたいなと思わされる一冊です。

心の赴くままに冒険したいと願う自分を取り戻させてくれる

――もう一冊の愛読書は『荒野へ』(ジョン・クラカワー:著、佐宗鈴夫:訳/集英社)。『イントゥ・ザ・ワイルド』というタイトルで映画化された作品です。

:登山家でもある著者が、90年代のアラスカで死体となって発見された青年について描く、実際の事件を下書きにした小説です。映画も好きすぎて、『月刊EXILE』という雑誌の企画で、主人公の扮装をして映画と同じシチュエーションで写真を撮ってもらったくらい。そういえば、僕がこの小説が好きだと知らないはずのTETSUYAが、アメリカ土産に原書を買ってきてくれたことがあったな(笑)。

荒野へ
荒野へ』(ジョン・クラカワー:著、佐宗鈴夫:訳/集英社)

――すごい偶然ですね。どんなところにそれほど惹かれているのでしょう?

:主人公は裕福な家に生まれ育ったものの、常に心に欠乏感を抱えていて、アラスカを目指して一人、旅に出る。事件の結末よりも、彼が旅の道中でさまざまな人と出会い、自分が何者であるのか、そもそも人間とはどういう存在なのかを感じ取っていく過程に心を打たれました。それはまさに、10代の後半から20代前半にかけて、僕自身が感じていたことでもあったから。沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』に憧れて、初めて一人旅で訪れたのがアメリカだったというのも、共鳴したポイントの一つかもしれない。

――いわゆる、自分探しの旅。

:一時期、流行りましたよね。僕も、ダンサーとしての実績を重ねながらこれから頑張っていこうという地に足のついた気持ちと、「本当にこれでいいんだろうか。もっと自由に、誰にも縛られることのない広い世界に飛び出していった方がいいのではないか」という迷いとの間で、進むべき道はどれなのかを模索していた。今も、EXILEに入っていなければ、会社員になっているか世界中を放浪しているかどちらかだっただろうなあ、と思うくらい、僕は常に、安定と冒険のふたつを望む気持ちを抱えているんです。だからふとした瞬間に『荒野へ』を手にとるのかもしれません。しがらみの一切を排して、自分の心の赴くままに突き進むなんて、社会で生きている以上は不可能だけど、それでも、それを願う自分を失わず、自由に生きようとする心を持ち続けていくために。

橘ケンチさん

ヘアメイク=水野明美 衣装協力=FORSOMEONE

<第8回に続く>