西尾維新デビュー20周年記念ロング・ロングインタビュー 20タイトルをキーに語る、西尾ワールドの変遷(第4回)
公開日:2023/2/26
昨年、作家生活20周年を迎えた西尾維新が、セレクトした20タイトルとともに、その道程を振り返るロング・ロングインタビュー。第4回は、『りぽぐら!』『終物語』『ヴェールドマン仮説』『デリバリールーム』、『死物語』+『戦物語』について。テクニカルなチャレンジの楽しさと、「親子」「出産」という新テーマに着眼した理由、広がり続ける「〈物語〉シリーズ」への思いなど、今回も読みどころ満載だ。
(取材・文=吉田大助)
ロングインタビュー 第4回
⑫『りぽぐら!』
──特定の文字を使わないという制約のもとに書かれた作品=リポグラム。自ら挑んだ究極の言葉遊びにして過酷な実験小説は、作家に何をもたらしたのか。
──『りぽぐら!』は、短編小説3本をそれぞれ異なる文字制限に従って4パターン執筆した、12編+αが収録されています。西尾作品の特徴の一つである、言葉遊びの面白さを煮詰めに煮詰めた一作です。なぜ書くことにしたんですか、最も伺いたかった1冊でもあります(笑)。
西尾 これは「メフィスト」での連載を経て本になっているんですよ。ということは、依頼原稿だったんじゃないか……違いますね(笑)。ええ、持ち込み企画です。一方で小説家なら、誰でも一度はリポグラムに挑みたいんじゃないかなと思うんです。「小説は何音あれば書けるものなのか?」を知りたいはず。
──使えなくなる文字は毎回くじ引きによって決まる、というルール設定も面白かったです。
西尾 くじを引いている時は盛り上がりましたね、私が。次はどの文字が残って、どの文字が使えなくなるのか、と。実際に書いてみてよくわかったのは、「あいうえお」の偉大さです。「る」があると意外と便利で、「ぬ」の頻度は相当低かったです。
──1編目(LV.1)「妹は殺人犯!」は、オリジナル短編は〈妹が人を殺したらしい〉という一文から始まるんですが、4つ目のバージョンでは「も」が使えなくなった結果、〈我が愚昧、人を殺しけり〉に激変している。文体すらも変わるんです。
西尾 「この言葉を言い換えるなら?」と、掘り下げていく感覚がすごく楽しかったです。『りぽぐら!』のお陰で語彙も増えましたし、もともと知っていたけれど使えずにいた言葉も書くことができました。前回「知らないことを知るのが楽しい」という話をしましたが、本を読んでいて楽しい瞬間の一つは、知らない言葉が出てきた時なんですよね。新しい言葉を知る楽しさは何物にも代え難いものがあり、だから自分からは遠いジャンルの本を読むことも好きなんです。
──僕は「ジャメビュ」という言葉と、西尾さんの小説で初めて出合ったと思うんです。
西尾 初めて知る言葉の意味を調べたり、流れから類推したりするのも楽しいですよね。自分で調べたことや考えたことは、なかなか忘れないものです。小説を読んだことはいずれ忘れてしまうかもしれないけれども、言葉はそうは忘れない。
──そういう出合いが、特に『りぽぐら!』には大量に発生していると思います。
西尾 リポグラムをやるという制約を付けることで実直に小説が書けた、という面もあるんです。遊び心がリポグラムに全振りされているので、べースとなる小説はかなり真面目に書いている。その意味では、西尾維新の書くある種フラットな小説が読める本になっていると思います。とにかく全面的に楽しかったので、いつか『りぽぐら!2』があるかもしれません。
⑬『終物語』
──阿良々木暦の“始点”と“青春の終わり”を描き、彼の高校生活を完全決着。「〈物語〉シリーズ」の原点に立ち返った3冊。
──上下巻で終わる予定だった『化物語』が「〈物語〉シリーズ」へと発展し、15~17冊目に刊行されたのが『終物語』上中下巻です。さまざまな決着を付けていく3巻だったと思うのですが、ご自身はどんなイメージで執筆されていたんですか?
西尾 阿良ヶ木くんの高校生活の終わりを描く。きっちり完結させる、というつもりでした。アニメ化だったりのお陰でシリーズを長く続けることができて、お話がかなり広がったのでそこを点検して、広げた物語をここでまとめよう、と。
──そうやって点検していった結果、『終物語』では阿良ヶ木くんが地獄へ行くことになりましたが……そこもあそこも伏線だったのか、と驚きました。前作までのシリーズを読み返しましたか?
西尾 おそらく『終物語』の執筆にあたっては、遡って読み返しているでしょうね。基本的にシリーズものを書く時は、前作を読み返すようにしています。「今日子さん」の場合は主人公が忘却探偵なだけに、私も記憶をなくしているぐらいのほうがいいので、むしろ読み返さないようにしていますが。「〈物語〉シリーズ」に関して言えば、アニメを見るという方法もありますね。原作と照らし合わせて作ってくれていますから、アニメを見て気付くことも多々あります。
──実は同時期に、原作を手がけた漫画『めだかボックス』(作画・暁月あきら)も完結しているんですよね。
西尾 漫画原作という大きな仕事を一つ完結させたところで、『終物語』を書いたんですよ。脳のリソースが全て小説に注ぎ込まれることになり、活字を書いている感が強まったのはよく覚えています。それもあって、活字でしか表現できない世界を書くという「〈物語〉シリーズ」の原点に、この3冊は立ち返っているような気がします。もちろん、週刊連載の感覚は、その後の千石撫子の活動に生きています。
⑭『ヴェールドマン仮説』
──記念すべき100冊目の著書。名探偵一家の3世代にわたる家族の話を「無職で家事手伝いのぼく」の視点で描く。
──連続殺人鬼ヴェールドマンを追う探偵一家の物語。キャリア何度目かの、ミステリーへの回帰が起きていますね。
西尾 99冊目までを振り返ってみた時、自分は親と子という縦方向の家族関係の話をあんまり書いていないと思いました。そこを1回きちんと書いてみよう、書いてみたらどうなるだろうと興味が湧いたんです。一方で、ミステリーの冒頭にある家系図も書いてみたかったんですよ。
──裏にそんな計画が(笑)。
西尾 3世代にわたる家族の話を書こうと思い、まずは登場人物表代わりの家系図を作り始めました。ただ、最初の設定では、両方の祖父母が同じ家に住んでいた。そうはならないだろう、と。なるほど99冊にわたって縦方向の家族を書いてこなかったわけだ(苦笑)。知らないことを知るのは楽しいとか旅先で知識を仕入れるのが楽しいとか、勉強するために本を読むのは邪道だ、みたいなことを言っていると、思わぬ知識が抜けることがあるようです。そういった点も含め、『ヴェールドマン仮説』を書いてみて、家族って本当に難しいなと思いました。難しいからこそ、その後は縦方向の家族関係を結構書くようになったんです。
──お互いを気にかけ合う、優しい家族の物語ですよね。なおかつ「ホームズ一家」とも呼ばれる吹奏野家の家族構成は、〈おじいちゃんが推理作家で、おばあちゃんが法医学者、父さんが検事で母さんが弁護士、お兄ちゃんが刑事でお姉ちゃんがニュースキャスター、弟が探偵役者で妹はVR探偵〉。無職で家事手伝いの「ぼく」以外は、全員が名探偵なんです。無色透明なこの主人公像も、チャレンジだったのではないでしょうか。
西尾 それまでに書いてきたキャラクターたちの多くは、今日子さんがそうですし、『化物語』のヒロインや阿良々木くん自身にもそういうところがあるんですけれど、逆境にくじけない強さを持っていました。たとえ環境に恵まれなくても、戦い続けられる人たちの個性や人生は、非常に書きがいのあるものでした。ただ、そういう彼らを書いてるとどこかで、「じゃあ、逆境に負けるのは悪いことなのか?」というふうに思ってしまいます。あるいは、悪いのは逆境のはずなのに、逆境に負けない人間ばかりを書いてると、逆境があるからこそ輝けるし成長できるという意味で、逆境を肯定してしまうことにもなりかねない。逆境は必ずしもなくていいし、恵まれた環境の中で人生を送っていてもいいし、名探偵じゃなくてもいい。そういう人間だからこそできることをこの小説では書きたかったんです。
⑮『デリバリールーム』
──出産に斬り込んだ衝撃作。それぞれの事情を抱えてデスゲームに参加する5人の妊婦たち。優勝者に与えられる「幸せで安全な出産」の意味するものとは。
──中学3年生で妊娠6ヵ月(!)の儘宮宮子は、妊婦だけが集うデスゲーム「デリバリールーム」に参加を決める。優勝すれば、主催者から「幸せで安全な出産」の権利を与えられるというのだが……。『ヴェールドマン仮説』とはアプローチがあまりにも違いますが、縦方向の家族というテーマが感じられる一作です。
西尾 ある小説で救い切れなかったキャラクターを、別の小説で改めて救済したくなることがあります。『デリバリールーム』は、『ヴェールドマン仮説』が吹奏野家を書く話であったがゆえにストーリーの中心に置くことができず、如何せんミスリード的になってしまったキャラクターの救済として描かれたのかもしれないと思います。
──救済と言いつつ、デスゲームに送り込んだのはなぜなんでしょうか。
西尾 救済もまた逆境がなければ不要なはずという思想があったのでしょうが、根本的なところで何かがおかしい(苦笑)。ただ、『デリバリールーム』の最後のほうで主人公の父親が言っているような気持ちがどこかにあって、これはもう書くしかないと思ったんでしょうね。
──チャレンジしたいことがあるからこその、ノンシリーズ作品なんでしょうね。
西尾 常に書いたことがないことを書こうとはしているんですが、単体の小説のほうが、ある種の挑戦心が可視化されやすくなるのかもしれません。
⑯『死物語』+『戦物語』
──舞台はパンデミックの発生している現代。大学生の阿良々木暦はコロナ禍をどう過ごしていたのか。そして、5月17日発売の最新刊『戦物語』で描かれる世界とは――。
──さきほど『終物語』(と『続・終物語』)で「〈物語〉シリーズ」をきっちり完結させるつもりだったというお話がありましたが、約1年後にリスタート。〈オフシーズン〉を経て、大学生編〈モンスターシーズン〉の完結巻に当たる作品が、『死物語』上下巻です。何より驚かされたのは、コロナ禍が表現されていることです。作中時間の年代が特定されることにもなるわけで、勇気のいる選択だったと思うのですが。
西尾 「〈物語〉シリーズ」の『ひたぎクラブ』を「メフィスト」に書いた当初はスマートフォンが存在しませんでした。シリーズを続ければ続けるほど、現代の高校生を書くうえでおかしな点が増えてくる。作中の時代設定を厳密に定めず、どの本も常に「舞台は今年」だと思って書くようにしてきました。『死物語』は2021年執筆ですから、コロナ禍に触れないわけにはいきません。
──2021年は大学でリモート授業が行われていて……と。
西尾 コロナ禍の初期の頃、影響力のある方が「今、こんなふうに日常を過ごしている」という情報を発信してくれていたことは励みになりました。文面や画面を通じて不安を共有したり、いつかまたこんなことをしたいよねと共感したりすることは、世の中がどうなるのか本当にわからなかった頃の支えだったと思うんです。そう考えた時に、阿良々木くんたちはこのコロナ禍をどう過ごしているのかということを、小説にする意味はきっとあるはずだと思いました。
──上巻は物語の内容的にも、コロナ禍が大きく影響しています。ただ、下巻はガラッと雰囲気が変わるんですよね。
西尾 そうは言ってもその話自体がしんどいなと思う気持ちもあるわけで、下巻は全く関係のない話を書いてみました。常に「舞台は今年」だと思って書いてきた「〈物語〉シリーズ」であるがゆえに2006年以降の時代の記録にもなるんです。シリーズを続けてきたからこそ、コロナ禍を記録する『死物語』という小説が書けたのでしょう。
──そして先日、「〈物語〉シリーズ」最新刊となる『戦物語』が5月17日に発売されるとアナウンスがありました。実はひと足先に読ませていただいたんですが……度肝を抜かれました。
西尾 このシリーズは続けていくうちに現実からの乖離度が非常に上がった小説になりましたけれども、『戦物語』は初心に返ってファンタジー成分が抑えめで、『化物語』の頃に回帰しているかと思います。5月17日には、漫画『化物語』の最終巻も刊行されます。「〈物語〉シリーズ」がこうやって新刊を出し続けてこられたのは、アニメ版のおかげであり、漫画版のおかげです。応援してくださっている読者のみなさんにも、お礼をお伝えしたいと思います。
(第5回に続く)
西尾維新
にしお・いしん●1981年生まれ。第23回メフィスト賞を受賞し、2002年『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』で作家デビュー。同作から始まる「戯言シリーズ」ほか「世界シリーズ」「〈物語〉シリーズ」「刀語シリーズ」「最強シリーズ」「忘却探偵シリーズ」「美少年シリーズ」など、著書多数。
▼西尾維新デビュー20周年特設サイト「西尾維新???」
https://book-sp.kodansha.co.jp/nisioisin240/