吉本ばなな『クッキングパパ』全巻を電子書籍で所持。「読書のほとんどはマンガ」と語る作家が最近ハマっている作品とは【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/22

吉本ばななさん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただくのは、小説家の吉本ばななさん。

 マンガが大好きだという吉本さんが、大注目しているマンガ家の最新作や、毎晩寝る前に1話ずつ読むというWEBマンガをご紹介。普段あまり小説を読まず、自分の作品に至ってはまったく読み返さない理由も明かしていただいた。

(取材・文=金沢俊吾 撮影=金澤正平)

コロナで忘れた感覚を蘇らせた『鍋に弾丸を受けながら』

――吉本さんの「愛読書」をいくつか教えていただけますか。

吉本:『鍋に弾丸を受けながら』というマンガです。世界中にある危険地帯のグルメを紹介するノンフィクションで、コロナ禍で忘れかけていた海外旅行の感覚をばーっと蘇らせてくれるんですよ。本当におすすめです。

鍋に弾丸を受けながら
鍋に弾丸を受けながら』(青木潤太朗:原作、森山慎:作画/KADOKAWA)

――危険地帯のグルメ……例えばどんなものが登場するのですか?

吉本:第1話はメキシコの「マフィアの拷問焼き」という料理でした。メキシカンマフィアって、服を着たまま焚火に飛び込ませるという伝統的な処刑方法があるらしいんですね。いい服を着ているお金持ちほど燃えにくくて、長い時間苦しめられるという。それを料理に応用して、牛肉を紙に包んで焚火でじっくり焼くと、もうステーキやローストビーフより全然美味しくなるんですって!

――(絵を見て)ネーミングは恐いですが、確かに美味しそうです。どういったきっかけで作品に出会ったのですか?

吉本:原作者である青木潤太朗さんの作品が好きで、以前から読んでいました。青木さんは本当に頭のいい人だっていうのが作品から伝わってきて、それに触れると頭の体操になるんです。ものすごく丁寧に仕事をしてる人の作品特有の、心が洗われるような感覚にもさせてくれて。

吉本ばななさん

――青木潤太朗さんに限らず、マンガはよく読まれるのですか。

吉本:というか、読書はほぼほぼマンガです(笑)。『クッキングパパ』なんて1巻から最新の164巻まで全部Kindleに入っています。最初は小学生だったパパの息子のまことくんが、今ではイタリア料理屋さんでがんばって働いてるんですよ。お店のモデルになった京都のIL GHIOTTONEの東京店にも食べに行きました。美味しかった~。

――詳しい(笑)。ちなみに、小説はあまり読まれないのでしょうか。

吉本:そうですね。小説を読むと自分の作品がそちらに引っ張られてしまう気がして、あまり読まないようにしています。あ、でも今ちょうどスティーブン・キングとヴァージニア・ウルフの小説を同時に読んでるな。やっぱり本自体が好きなんですよね。

『働かないふたり』を読んで、働くのをやめようと思った

――では、次の作品を教えてください。

吉本:はい、次もマンガです。吉田覚さんの『働かないふたり』ニートの兄と妹のお話で、読むと「絶対働くのやめよう」と思います(笑)。私もこういう生き方ができたらいいなって。毎日寝る前に1話ずつ読む時間が幸せなんです。

働かないふたり
働かないふたり』(吉田覚/新潮社)

――吉本さんにとって「働く」というのは、イコール書くことですか?

吉本:いえ、書くこと以外の仕事全般ですね。例えば自分単独の取材とかはもう、あんまり受けないようにしているんです。

――そんななか、今日はお話を聞けてとてもうれしいです。

吉本:とんでもないです。私も本が好きなので、好きな本を紹介できてうれしいですよ。私が挙げた本を、誰かが読むかもしれないから。読書に関して人に役立つ仕事であれば、ぜひやりたいと思います。でも『働かないふたり』を読むと、やっぱり働くのやめようって(笑)。

下品すぎて読み進められなかった1冊

――最後にもう1冊教えてください。

吉本:『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』です。犬のうんこを食べる『ピンク・フラミンゴ』とか、とんでもない映画をいっぱい撮ったジョン・ウォーターズが、タイトルの通りアメリカを横断する計画を立てるんですよ。

ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク
ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』(ジョン・ウォーターズ:著、柳下毅一郎:訳/国書刊行会)

――ノンフィクションですか?

吉本:前半はフィクション、後半はノンフィクションという不思議な作品で。その前半部分が下品すぎてひどいんです。どんなすごい本を読んでもあんまり衝撃を受けなくなったんだけど、さすがの私でもあまりにひどくて最初読み進められなくて……。最後は幸せに読み終えました。

――どんな内容か気になります。

吉本:とてもじゃないけどここでは言葉にできない、下品すぎて。覚悟して読み始めたんだけど、ここまでとは思わなかったです。逆に感動しました。根っこからとんでもない人なんですよね。

――そんな作品を「愛読書」として挙げてくださった理由は何なのでしょうか?

吉本:私はどんなホラー映画でも観れるし、相当キャパが広い人間だと思っていたんです。そんな私が読み進められないと思ったことがすごい衝撃で、自分の小ささを思い知らせてくれたんですよね。まだまだ知らない世界がたくさんあるなって。

――なるほど。

吉本:かと思えば、後半のノンフィクションパートはほのぼのしていて、アメリカに対する素晴らしい考察も随所に書かれているんです。そのコントラストが鮮やかで、ジョン・ウォーターズという人の凄まじさを感じた1冊でした。

自分の作品は読むのか?

――ご自身の小説を読み返すことはあるのでしょうか?

吉本:それが、まったく読まないんですよ。「あのシーンで、誰々がこういう行動しましたよね。あれはどういった意図があったんでしょうか?」なんて作品のことを聞かれても、さっぱりわからないんです。そうやって聞いてくださる方は多いんですけどね。

――取材前もスタッフが「中学生の頃から『TUGUMI』が大好きです」と吉本さんに話しかけていました。

吉本:ありがたいことに、私より詳しい人がたくさんいるんですよね。本当に覚えてなくて、なんだかすいませんって気持ちになります。

――それは、愛着がないから読み返さないわけではないですよね?

吉本:そうですね。だって、発売前に100回ぐらい自分で読んでるんですよ。死ぬほど推敲しているので。だからもう、なるべく早く忘れたいわって気持ちです。

――手離れした時点でその仕事は終わった、みたいな感覚もあるのでしょうか。

吉本:というより、単純に読みすぎて「もういいや」って。ただそれだけですね。

――ちなみに、お父様(吉本隆明)や、お姉様(ハルノ宵子)の作品は読まれますか?

吉本:それはもちろん読みます。父に関しては全集が出続けているので、こつこつ読んでいます。

吉本隆明全集30
吉本隆明全集30』(吉本隆明/晶文社)

――ご家族の作品を読むのは、一般の本を読むのと何か違いはあるのでしょうか?

吉本:いえ、それは変わらないと思います。所々、自分の知ってる話が出てきたときは家族として見ちゃう感じで、それ以外は普通に他人のように読めますね。でも、なかなか息苦しい家族ですよ。家の中で、常にそれぞれがゲラを見ている状況でしたから。

<プロフィール>
吉本ばなな
1964年東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、95年『アムリタ』で紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞、2022年『ミトンとふびん』で谷崎潤一郎賞を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版され海外での受賞も多数。近著に『吹上奇譚 第四話 ミモザ』など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

<第14回に続く>