『女性の品格』坂東眞理子が10代の頃から何度も読み返す「我が青春の形見」の1冊。年齢によって味わいを変える読書のススメ【私の愛読書】
公開日:2023/3/15
大ベストセラーとなった『女性の品格』(PHP研究所)で知られる昭和女子大学理事長・総長の坂東眞理子さんは、東京大学卒業後、総理府に入省し要職を歴任した「働く女性」「ワーキングマザー」の大先輩。そんな坂東さんの素顔は、無類の「読書好き」でもある。
さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回は老若男女に向けてアンコンシャス・バイアスについて書かれた『思い込みにとらわれない生き方』(ポプラ社)を上梓されたばかりの坂東さんにご登場いただいた。
「愛読書選びは難しい…」と悩みながら選んでくださった3冊は、青春の思い出の1冊から最新の歴史もの、ロングセラーの自然科学もの。いずれも坂東さんの「視野の広さ」「見識の深さ」を実感するラインナップとなった。
(取材・文=荒井理恵 撮影=川口宗道)
年齢によって味わいが変わった『トニオ・クレエゲル』
ーー本日は坂東さんの「愛読書」を3冊教えていただきたいと思います。
坂東眞理子さん(以下、坂東) 愛読書を聞かれるのって、とてもつらいというか答えにくいものなんですよ。本を読むのは大好きなんですが、どれが愛読書というのかわからなくて…。
ーーお気持ちわかります。本好きほどそうかもしれないですよね。それでも選んでいただいた1冊目はなんでしょう。
坂東 トオマス・マンの『トニオ・クレエゲル』(実吉捷郎:訳/岩波書店)です。10代の頃はロマン・ロランにはじまって、トルストイとかドストエフスキーとか「世界文学」に浸っていたんですが、中でもこの本は「我が青春の形見」のような1冊で何度も読みました。
ーーマンの自伝的な小説なんですね。
坂東 前半は本ばっかり読んで考え事ばかりしている不器用な若い頃の彼の姿が描かれるんですが、10代の頃はそれに自分を重ねて共感していましたね。後半は歳をとってからの彼が描かれていて、それには全然共感できなかった。それが今読みかえしてみると違うんです。
ーー同じ本を繰り返し読むと感じ方が変わるとよくいわれますよね。
坂東 そうなんです。今は年老いた彼が若い頃を思い出し、コンプレックスを受け入れていく後半に共感するんですよ。歳をとってみるとやっぱり視点、共感するところが違ってくるし、その変化が面白いですね。それにしても、若い頃はこういう本をたくさん読んできたのに、仕事をするようになってからは読まなければならない本、読むべき本ばかりになってしまって…。
ーーわかります!
坂東 経済企画庁時代には、ガルブレイスとかサミュエルソンとかドラッカーとか一生懸命読みました。好きで読んだというよりは、読まなければいけない。その結果、世界が自分を広げてくれた感じで、そういうのが仕事のいいところかもしれません。ただ、本来私にとっての「読書」とは、仕事の役には立たないんだけど、好きでやめられなかったんです。でもね、仕事には役に立たないと思っていた読書が年を重ねると意外と役に立つ場面がでてきた。課長、副知事になった頃くらいから人前で挨拶することが増えてきて、そんなときに過去に読んでいた本からの引用だとか、その節だとか、事実だとか、歴史的なことだとかが挨拶にちょっとだけ魅力を加えてくれるようになったように思いました。
ーーすてきです! そういう引用って憧れますが、積み重ねが必要ですよね。
坂東 そう。でも公務員の頃は、そういうのを文章の中にいれこんだりすると、たとえば最初の白書を書いているときに、ちょっと気のきいた文学的な文章をいれたら、ばさばさばさーって切られてね。「客観的なデータに基づいて書いてください」って言われちゃって全文書き直しました(笑)。
古代史の謎がいろいろ腑に落ちた『古代東アジアの女帝』
ーー2冊目は『古代東アジアの女帝』(入江曜子/岩波書店)ですね。
坂東 この本は最近読んで面白かった本です。何十年も前から直木孝次郎さんの『持統天皇』(吉川弘文館)で持統天皇に興味を持っていたんですが、この本は著者の視点で古代の女帝たちをあらためて整理してくれて、いろいろ「そうなんだ」と思うことが多かったんです。同じくらいの時期に韓国にも女帝がいたなんていうのも認識していなかったですしね。よく女帝というのは「中継ぎ」的に登場すると思われがちですが、この本でわかることは、彼女たちはちゃんとしっかりした仕事ができる人として選ばれているということ。現実には総合的な力があったのに、古代の女性たちは貶められているんです。
ーー基礎知識が必要ではありますが、歴史好きな人には発見のある1冊ですね。
坂東 底辺にある知識を知った上で、その知識のピラミッドのてっぺんのエッセンスをまとめたようでもありますからね。ただナカツスメラミコトのこととか、タケルノミコ(建皇子)のこととか、いろいろな古代史の疑問が解けて「なるほど、やっぱり!」って面白かったです(笑)。
ーーちなみにこの本とはどうやって出会われたんですか?
坂東 実はAmazonの画面上の「おすすめ」なんです。
ーーなんと! 坂東さんもそんな本との出会い方をされるんですね!?
坂東 もちろんあたりはずれがあるし、無視するのも多いんですが、これはどんぴしゃりでした(笑)。
人間を違った角度から見られる『利己的な遺伝子』
ーーそして3冊目はロングセラーの『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス/紀伊國屋書店)ですね。
坂東 「人間に未来はあるか」とかいう類の生物史や人類史の本が若い頃から好きだったんです。この本にある、私たちは利己的な遺伝子の乗り物にすぎないというのが、仏教の輪廻の感覚と相通じるところがあるなあと。遺伝子が自分をいかに守るか、増やすかが大事で、そのために私たちは利用されているにすぎない。人間存在の不思議さというか、ほんとにたまたまの偶然で私たちは生きていて、その生きている私たちは一生懸命ベストをつくしてるつもりなんだけど、もうちょっと高いところからみると、私たちを利用している遺伝子さんが喜んでるんだっていう。
ーーすごくミクロでありながら、長大な視点が得られる本ですよね。
坂東 『ホモ・サピエンス全史』とか『銃・病原菌・鉄』とか、ちょっと長期的な視点で科学的に解説された本もよく読みます。研究書でなく読み物にすぎないとは言われるけれども、やっぱり視点を変える、自分たちを違った次元でみられるというのは面白い。歴史ばっかりだったり、文学ばっかりだったりだと物の見方がとらわれてしまいますから、別の視点を持つという意味でも自然科学の本というのはおすすめです。
ーー先生の最新刊は『思い込みにとらわれない生き方』ですが、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)に陥らないためにも、本で自分の世界を広げるのは大事ですよね。
坂東 そうなんです。SNSなんかで自分の好みの情報ばかりに浸っていると、いつのまにか陰謀説にとらわれてしまうみたいなこともありますからね。やっぱりまったくジャンルの違う本を読んでみると視野が広がると思います。
ーーちなみに先生がAmazonのおすすめにものっかるというのを聞いて、私もひとつアンコンシャス・バイアスがとれました(笑)。
坂東 あはは。私もあまり信じてなかったのよ(笑)。眉に唾つけて「これはアルゴリズムで言ってるだけだから、ほんとにいいかはわかんないよね」って前提でね。
ーーでも出会いを否定しないってことですよね。
坂東 そうなんですよ。そう考えると、インターネットの婚活っていうのもそうなのでしょうね。あれ一回、利用してみると新しい出会いで違った世界が広がるかもしれない(笑)。
ーーたしかに(笑)! 自分の力だけでは不可能だった「出会いの可能性」を広げてくれるわけですからね。
さて最後に、読書の時間というものが、先生にとってどんなものなのか教えてください。
坂東 ハマって中毒になってしまうものですね。時間がなくて、ああ掃除しなきゃいけないのに、文章を書かなきゃいけないのに、また読んじゃったとか、お掃除の途中ででてきた本を読んじゃったとかね。1週間に4、5冊くらい読みますが、最近はさーっと読んで、そのうち面白そうなのを丁寧に読むようにしてますね。
ーー自分に合う本はさーっとでもわかるんですね。
坂東 そのカンは働くようになりましたね。これは世界が狭くなっているのかな、愛読書を聞かれると迷うのよね。そのときにいいと思っていても、3年後に聞かれたら違ったのをあげると思うし。
ーーではまた3年後に、ぜひお話を聞かせてください(笑)。
<第11回に続く>