愛猫を失った時に何度も読んで救われました――やり場のない思いを受け止めてくれた本【私の愛読書】猫沢エミインタビュー
公開日:2023/3/17
俳優やタレント、経営者やスポーツ選手など、さまざまなジャンルで活躍する著名人にお気に入りの本をご紹介いただく連載「私の愛読書」。今回ご登場いただくのは、ミュージシャンで文筆家の猫沢エミさんだ。
これまでに4匹の愛猫たちと暮らしてきた猫沢さん。「生活料理人」としても人気を博す彼女は、その暮らしの様子やレシピを『ねこしき』(TAC出版)、『猫と生きる。』(辰巳出版)など多数の著書で綴ってきた。また最新作『イオビエ ~イオがくれた幸せへの切符』(TAC出版)では、昨年急逝した愛猫・イオちゃんとの出会いや別れを、独自の視点から考える「死生観」も交えて表現している。
そんな猫沢さんが、「生きること、死ぬこと、について考える上でヒントになった」という、大切な3冊を紹介してくれた。
(取材・文=中前結花 撮影=金澤正平)
はちゃめちゃだけど、優しくてあたたかくて、救われた。『クネレルのサマーキャンプ』
ーー「愛読書」と聞いて、思い浮かぶ本について教えてください。
猫沢エミさん(以下、猫沢) 大切な本はいくつもありますが、「一生手放さないだろうな」と感じているものが3冊あるんです。
まず紹介したいのが、イスラエルの作家エトガル・ケレットが書いた『クネレルのサマーキャンプ』という小説です。わたしは、愛猫・イオとの出会いや別れを通して、「生きること」「死ぬこと」について今まで以上に向き合うことになりました。特に、亡くしてからは心のやり場を求めて、「死生観」に関わるような学術的な本を本当にたくさん読んだんですよ。けれども、どうにもわたしの心は救われなくて。
そんなとき、気持ちをふっと楽にしてくれたのが、この一冊でした。当時、「もう今はこれしか読めないな」という気持ちで繰り返し読んでいましたね。
ーーこの本は、猫沢さんにどんなものを与えてくれたのでしょうか。
猫沢 これは、自殺した人だけが行く天国のお話なんですよ。亡くなった人たちも、わたしたちと同じように、あの世でお酒を飲んだり、可愛い女の子に興味を持ったりしているんです。そこにもちゃんと暮らしがあるんですよね。はちゃめちゃだけど、なんだか優しくて、あたたかくて。「こんなふうに考えられたら」とすごく救われた気がしました。
ーーやり場のない想いを受け止めてくれたのは、学術的な説明ではなく、はちゃめちゃな物語だったんですね。
猫沢 そうなんです、意外なものですよね。著者のエトガル氏を知ったのは、おそらくテレビで見たドキュメント番組だったと思います。彼は、まず長い作品を書いて、そこから短編にするために削って削って、エッセンスだけを残していくんだそうです。だから、一見奇想天外な世界観に感じるかもしれません。だけど、いつ砲弾が飛んでくるかわからないイスラエルの状況下でこそ、こんな作品が書けるんじゃないかと感じるんですよね。それと、彼には自殺で失った親友がいまして。宗教観の側面から見ても、おそらく私たち日本人よりも罪の意識が強いだろうイスラエルでの自殺、という選択しかなかった親友に、愉快な天国を用意してあげたかったんだと思います。とても知的で、とても優しい。わたしも死んだあとは、こんな天国に行きたいなと思わせてくれるような作品でした。
死生観の出発点になった本『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』
ーー2冊目はどんな作品でしょうか?
猫沢 スティーヴン・W・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』です。これは、イオを亡くすよりもっともっと前に出会った、わたしの死生観の出発点になったような本です。
ーー「宇宙」についても、ご興味をお持ちだったんですか?
猫沢 理論物理学を扱っていた叔父の影響で、小さい頃から宇宙には興味はあったんです。その叔父に、「エミが今見てる星は、6万年前の輝きなんだよ」なんて教えてもらうことで、時間の概念というものも知りました。つまり「あ、命って終わりがあるんだ」ということもわたしは宇宙から学んだんですよね。
「死生観」というものについても、「どう納得すればいいかな」と考えたとき、いちばんしっくりと腑に落ちたのが、このホーキングの宇宙論でした。
ーー人やどうぶつの命についてを、宇宙の観点から納得された。
猫沢 そうなんです。特に印象に残ったのは、この世界の「総質量」というものは、ビッグバンが起きたときに生まれて以降、全く変わっていないらしいんですよ。それは数式で証明されてるんです。
それを考えると、たとえば大事な人が亡くなって、お骨にしようが、土に埋めようが。この宇宙には何らかの形でとどまっているんではないか、と。
ーーなるほど、そういう考えもできそうですね。
猫沢 つまり、長い宇宙の歴史のなかで、わたしたちが意思を交わしたり、愛情を交わしたりできる時間はたしかに100年程度しかないかもしれない。それがなくなると、我々は「死んでいる」と定義しますけど、形をなしてない時間の方が本当は圧倒的に長いわけですよね。もともと宇宙のどこかに存在していて、たった100年間だけ形をなして、また宇宙を組織する何かに戻っていく。そう考えれば、寂しくないかもしれません。
ーーたしかに、そう思えば救われる部分が少なからずある気がします。それに、長い宇宙の歴史から見ると、形をなしている100年がいかにちっぽけで、だからこそ大切であることにもまた気付かされますね。
猫沢 まさに、この限りのあるこの時間に、愛を交わす、感情を吐露する、議論を重ねる、意思を伝え合う……そういうことを懸命にしていなきゃもったいないですよね。躊躇なんてしている時間はないな、と思うわけです。いくら「確定申告が終わらない!!」って言ったって、一瞬にも満たない些細なことなんですよね(笑)。そんな、わたしの考えのベースになったのが、この本だったと思います。
「生きるってこういうことか」と思い知らされた『百年の孤独』
ーー3冊目は、どんな作品でしょうか?
猫沢 『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』から学んだ、“100年の短さ”を覆してしまうかもしれませんが、最後の1冊は、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』です。この作品は、ノーベル文学賞も受賞したヒット作。目眩のするような複雑に入り組んだ人間関係、一家の栄枯盛衰を100年にわたって描いたものなんですが、「はあ、生きるってこういうことか」と思い知らされた気がします。100年の重みを。
ーー宇宙から見ると非常に短い100年ですが、やはり人の人生にはそれぞれの重みがありますものね。
猫沢 そうなんですよね。短いからこそ懸命に生きなければいけないし、だけど懸命に生き続けると決して短くはない。日々を生きる人間にとって100年ってやっぱり長いな、と。なんて険しいの、と胸にぐっと迫るようなものがありましたね。
ーーこれは、いつ頃読まれた作品ですか
猫沢 30代の半ばの頃だったと思います。読み終わりに近づくほどに「終わってほしくない!」「この世界にずっと浸っていたい!」と感じましたし、読み終わったあとはしばらく他の本が読めなくなってしまいました。そのぐらい、この世界観にどっぷりとはまっていたんです。たったの100年、されど長い100年。どちらも本から学んだことですね。
本の魅力に取り憑かれて
ーー猫沢さんにとって、本はどんな存在でしょうか?
猫沢 母が「本を読みなさい」「本なら買ってあげるよ」という人で、小さい頃から読書は親しみのあるものでしたね。4歳のときには、父の書棚にあった「一般相対性理論」の本をぱらぱらとめくって、「わたしは、天文学者になる!」と言ってましたよ(笑)。
ーーそれはまた、ずいぶん早い! ずっとずっと本と一緒に過ごされてきたんですね。
猫沢 そうですね。特に紙の本がやっぱり好きです。行間にも意味があったりするじゃないですか。ちょっと空いている文字の空白にも何かが漂っていたり。めくるときの感触、重み……そういうものが全部セットになって、体験として残る。本って、ラビリンスですよ。すごいものだなあ、と思います。
<プロフィール>
猫沢エミ
ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。2002~06年、一度目のパリ在住。2007年より10年間、フランス文化誌『Bonzour Japon』の編集長を務める。超実践型フランス語教室《にゃんフラ》主宰。著書に『ねこしき』(TAC出版)、『猫と生きる。』『パリ季記』(ともに扶桑社)など多数。2022年2月より愛猫を引き連れ、二度目のパリ在住。
Instagram:@necozawaemi