他人に「鼻毛が出てますよ」と言える? “ちょっと勇気がいるけどやってみた”を実践したルポエッセイ
更新日:2023/3/22
小さな勇気を出すか迷う瞬間が、日常の中には多くある。例えば、友人や恋人の鼻から鼻毛が出ている時。教えてあげたいけれど、その指摘はタブーのような気もして、もどかしくなる。
そんな歯がゆさを経験したことがある人に、ぜひ楽しんでほしいのが、エッセイ『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』(北尾トロ/幻冬舎)だ。
著者は、法廷でのリアルな人間ドラマを綴ったノンフィクション『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』(文藝春秋)などで知られる北尾トロ氏。同作は、漫画化も果たすなど大きな注目を集めた。
驚きの人間ドラマを文章で伝えることがバツグンに上手い、著者。本作でもその筆力を活かし、他人の鼻毛を指摘する、知人に貸した2000円の返済を全力で迫るなど、“やってみたいけれど、ちょっと勇気がいること”に挑戦。自分の身に起きた人間ドラマをユーモラスに綴り、収録。
本作は10年以上も前に発刊された書籍だが、何年経っても色褪せない面白さがある。また、YouTubeなどに「やってみた動画」がアップされるなど、勇気がいる挑戦への興味が膨れあがりやすいこの時代だからこそ、つい手に取りたくなる魅力があるのだ。
初対面の打ち合わせ相手に「鼻毛が出てますよ」と指摘
寝癖とは違い、鼻毛の指摘はしづらい。だが、著者自身、過去に指摘された後、言われてよかったと感じることが多々あったため、今回は打ち合わせ相手の田中さん(仮名)に鼻毛が出ていることを教えてあげるようと思った。
田中さんとは初対面。できれば、早めに自力で気づいてもらうのがベストだと思い、鏡を見られるようトイレを勧めたが、逆にトイレを気遣われ、作戦は失敗。
鼻毛を気にしながらも会話を続けていると、田中さんは打ち合わせ後、プライベートで人と会う約束があると吐露。著者の中でより一層、鼻毛の指摘への焦りと使命感が強くなる。
田中さんは、なかなかハンサムな男である。髪型すっきり、服装も細身のパンツに高級そうなセーターと気を遣っている。本来、鼻毛など出して平気でいるタイプじゃない。
そこで、会話が途切れた瞬間、勇気を出して鼻毛を指摘。すると、田中さんは驚きの表情に。手で鼻を覆い隠し、かすかに中指を動かして状態を確認した後、トイレへ向かった。その様子を見て、著者は思う。やるべきことはやった、バツの悪いムードになったら長居せず引き上げよう、と。
すると、3分後、戻ってきた田中さんは意外にも、「いやー、助かりました」と感謝の言葉を述べたそう。実は田中さん、打ち合わせ後に彼女とのデートが控えていたのだ。
言いづらい指摘は、他者を救うこともある。そう感じさせられる、このユーモラスな奮闘記に触れると、あなたも身近な人に「鼻毛が出てますよ」と教えてあげたくなるかもしれない。
「電車で知らないオヤジに話しかけて飲みに誘いたい」を実践したら…?
まさか、こんな結果になるなんて…。本書には、そう驚かされる体験記も多い。中でも特に驚いたのが、「電車で知らないオヤジに話しかけ飲みに誘う」という挑戦だ。
著者は日頃から他者の人生に興味があったようで、電車に乗るたび、ふと目についた“オヤジ”の暮らしぶりを知りたいという欲求に駆られていた。
もしかしたら、外見からは想像できないほどドラマチックなものを秘めている人もいるのではないか。一緒に途中下車し、飲みながら相手の人生を聞き、大いに盛り上がりたい…。そう思い、気になった“オヤジ”に車内で話しかけることにした。
だが、当然、警戒されてしまい、挑戦はことごとく失敗。それでも著者は諦めず、ある日、車内の吊り広告を眺める50歳過ぎくらいの“オヤジ”に話しかけた。すると、相手が会話をリードしてくれる展開に。著者の中で「一緒に飲みに行けるのでは…」と期待が膨らむ。
ところが、思わぬハプニングが発生。途中で乗ってきた初老の“オバサン”が著者に話しかけてきたのだ。駅に着いてから、先ほどの“オヤジ”を飲みに誘おう…。そう、ひそかに決め、著者は“オバサン”との時間を過ごすも、またもや予想外の事態が。“オバサン”は足が悪く、駅に着いた時、著者の腕を頼りに立ち上がったため、目当ての“オヤジ”を見失ってしまったのだ。
チャンスを逃してしまったことに著者はしょんぼり。だが、駅に着いても話し続けてくれる“オバサン”のことが気になり始め、結局、“オバサン”が待ち合わせていた3人の友人と合流し、彼女たちの人生話を聞き、一緒にカラオケも楽しんだのだ。
小さな勇気を出すと、予想外の出会いが得られたり、赤の他人でしかなかった相手の良さに触れたりすることもある。そう教えてくれる著者のこの挑戦は、人生の幅や人脈を広げたい時に思い出したい。
なお、本書は目頭が熱くなるエピソードも収録。個人的に胸が締め付けられたのは、23年の時を越えて好きだった同級生に告白をした話。青春時代を振り返って繰り広げられる甘酸っぱいやりとりに心くすぐられた。
平凡な日常を、ちょっぴり変えてみたい。そんな願望を抱え続けている人に、笑って泣ける著者の体験談が届いてほしい。
文=古川諭香