「生き返ることを恐れて娘は母を何度も刺した」ふたりはどうして互いを“怪物”と呼ぶようになったのか……慟哭のノンフィクション
公開日:2023/3/4
親の望む「子ども」像が、今の自分とかけ離れている。進路を選ばせてくれない。将来の夢について話すと大反対される……。
中高生時代にこういった感情を抱く人は決して少なくないだろう。かくいう私も中高生時代に抱いた夢を大反対され断念した経験がある。
だが大学進学の段階になると、親は「実家から通える範囲なら」と大学選びを許してくれた。私は志望した大学に進学をして第二の目標に向かって歩き始めることができたのだが、いまだに思う。
あのとき、母の反対した学校に合格していたら……。
『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩/講談社)は母の望みにこたえられなかった30代の娘・あかりが、母・妙子に身体的・心理的な虐待を受け、責められ続けたあげく殺害に至った事件が題材のノンフィクションである。
「娘を医師にしたい」
妙子はそのためにあかりに英才教育を施して娘の生活すべてを管理しようとするが、あかりは高校卒業後、9浪をすることになる。その9年間はページをめくるにつれて凄まじさを増していく。
就職をしようと気持ちを切り替えたあかりが企業の面接を受けるという前向きな行動をとっても、あかりのいないときに母が勝手に内定辞退をする、家の外であかりが何をしているか監視するために探偵をつける、熱湯をあかりの膝にかけるといった、「罰」という名目の虐待を繰り返す……。妙子にとっては娘への深い愛ゆえの行動なのかもしれないが、あかりは当然のことから早く母との生活から逃れたいと強く願うようになる。
やっと大学の看護学科に進学をしたあとも母は満足しない。母が求めるあかりの職業は医師ではなく助産師に変わっており、助産師より看護師になりたいと望むあかりに罵倒を繰り返す。
あなたは平気で人を裏切る恐ろしい怪物です。
これは母子の長いLINEの中で、妙子からあかりに放たれた一文である。後にあかりは妙子を殺害した後、SNSにこう投稿する。
モンスターを倒した。これで一安心だ。
お互いがお互いを怪物だと考えている妙子とあかり。この書籍はあかりの供述などをもとにしているため、あかりの目線になってしまうのだが、妙子にとってあかりは人生のすべてだったのではないか、とこの文を読み比べながら思った。
18歳までなら児童養護施設(場合によっては20歳まで延長可能)、配偶者からDVを受けているならシェルターがある。どちらにも該当しないあかりは、行くあてもなく、恐らく脱出を模索する気力も奪われていた。
母を刺したあとも、あかりは生き返らないか心配だったという。
この悲劇はなぜ起きてしまったのか。
成人しているのに母しか頼れない状況にいるあかりのような人に対して、犯罪に手を染める前にどのような支援ができるのか、社会全体で考えていくきっかけ作りにもなるノンフィクションである。
文=若林理央