意識不明の息子からオンラインゲーム内でメッセージが!? 冲方丁が描く父と息子の絆と成長の物語
公開日:2023/3/24
「こんなはずではなかった」と思わされてばかりいる。もっとカッコいい大人になっているはずだった。子どもから尊敬されるような親になっているはずだった。小さい頃思い描いていた未来とは程遠い今の自分に自信をなくしてしまっている人はきっと少なくないだろう。
そんな大人たち、特に子どもを持つ親たちに是非とも読んでほしい本がある。それは冲方丁氏の『マイ・リトル・ヒーロー』(冲方丁/文藝春秋)。オンラインゲームを通して、父親と息子の絆と成長を描き出すこの物語は、今の自分を好きになれないでいる私たちを確かに元気づけてくれる。
主人公は、2児の父親・朝倉暢光。人を疑うことを知らない彼は、脱サラして自分なりのビジネスを始めようとあらゆる事業に手を出すが、そのたびに詐欺に遭い、半年前、ついには妻から愛想を尽かされてしまった。離婚後、ふたりの子どもたちとの連絡手段はオンラインゲーム。暢光自身はゲームが得意というわけではないが、子どもたちと交流できるのが嬉しく、特に中学2年生の息子・凜一郎とはゲーム内で頻繁にやりとりをしている。だが、ある時、凜一郎は車にはねられ、意識不明の重体に。しかし、絶望する暢光のもとに、どういうわけか凜一郎からオンラインゲーム内でメッセージが届く。ボイスチャットで話を聞けば、凜一郎の意識は彼の大好きなゲームの中に入り込んだまま出られない状態らしい。「世界大会で優勝することが出口のような気がする」と言う凜一郎の言葉を信じて、再び元気な息子に会うため、そして息子を優勝させるため、暢光はゲームの世界で奮闘することになる。
凜一郎が閉じ込められた「ゲート・オブ・レジェンズ」は、様々な伝説のヒーローたちが集ってバトルロイヤルを繰り広げるオンラインゲームだ。このゲームの世界大会に出場するにはゲーム内で獲得できるポイントを稼がなければならないが、必ずしも一人でポイントを稼ぐ必要はなく、チームを作ってみんなでポイントを稼ぎ、参加資格を得る方法もあるらしい。そこで、暢光は早速仲間を集め始める。ゲーム内に閉じ込められているという突飛な話、しかも、騙されてばかりの暢光の話など最初は誰も信じてくれなかったが、どうにかゲーム内の凜一郎を元妻や元義母、凜一郎の妹と会わせることに成功。そこまでなら理解できるが、暢光は、凜一郎を車ではねた事故の加害者やその恋人、自分を騙した詐欺師、元妻に言い寄っている医者などをチームに加える。そのお人よしっぷりは誰もが呆れるほど。だが、どんな人間も区別なく信じ抜く暢光の優しさは、チームに不思議な結束力を与えていく――。
ゲームシーンは、スポーツ観戦のようにハラハラドキドキするので、「eスポーツ」と呼ばれる所以を実感させてくれる。敵を撃ったり、斬ったり、罠を仕掛けたり。アイテム集め、守りを固めるために、素材を集めて建物を建設したり。プレイヤーの技術の高さももちろん重要だが、それ以上に大切なのが戦略だ。この複雑なゲームをどうやって攻略していくのか。懸命な戦いぶりに、心の中で何度も「行け行け行け!」と凜一郎たちを応援している自分に気付かされた。
そして、何よりも暢光の思いに心揺さぶられる。どうにか息子を支えてやりたい。頼もしい存在になりたい。そう思いながらも、思うようにいかず、時に悔し涙を流す暢光の姿に胸が締め付けられるのだ。だが、カッコ悪くたっていい。がむしゃらに、自分なりの方法で全力を尽せばいい。不器用ながらも、我が子のために奮闘する父親の思いは、きっと子どもにも届くに違いない。
暢光が巻き起こす数々の奇跡に心にじんわりと温かいものが広がっていく。何だか暢光の頑張りに発破をかけられたような気分だ。父親と息子の絆と成長の物語は、子どもを持つ全ての親たちに刺さるのではないだろうか。理想の親になれない自分が情けない時、自分を見失いそうな時、何度でも読み返したい1冊だ。
文=アサトーミナミ