心の雨をしのぐための優しいカフェを描く連作短編集『こんな日は喫茶ドードーで雨宿り。』

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/14

こんな日は喫茶ドードーで雨宿り。
こんな日は喫茶ドードーで雨宿り。』(標野凪/双葉社)

 駅から続く坂を上りきり、路地に入った先にある「おひとりさま専用カフェ喫茶ドードー」。その看板に書かれたメニューに惹かれてドードーを訪れた人たちは、思いがけず自分の心の傷を振り返り、優しい癒やしを得る――。標野凪『こんな日は喫茶ドードーで雨宿り。』(双葉社)は、『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』に続く書き下ろし作品だ。続編とはいえ、それぞれ独立したストーリーの連作短編から構成されているので、こちらから読み始めてまったく問題はなし。収録されているのは全5話で、それぞれ視点となる人物が変わっていく構成になっている。

 第一話「君が正解のオムレツ」では、せっかちで仕事でもミスをしがちなことを気に病む夏帆。第二話「傷つかないポタージュ」では、父親を亡くして悲しみに沈んでいるときにとってつけたような慰め方をされて余計に落ち込む和希。第三話「時を戻すアヒージョ」では、子どもを作らなかった親や幼なじみ、同僚のちょっとした言動に傷つく夕葉。「自信が持てるあんバタートースト」では、自分の容姿にコンプレックスがあって他人から無下に扱われている気がすると悩む朱莉。

 コロナ禍で他人との距離感が微妙に変わってしまった中で、彼女たちは誰かのふとした言葉に動揺したり、時に自分も他者に不用意な言葉を発したりしてしまう。そうした言葉によってささくれだった心を抱えた彼女たちが、訪れるのが喫茶ドードーだ。背が高くてもじゃもじゃ頭、『森の生活』の著者にちなんで“そろり”と名乗っている店主が提供する料理は、どれもちょっと変わった名前で独特の工夫がこらしてある。店を訪れた彼女たちは、そんな料理の美味しさに心をゆるやかに開き、メニュー名の由来を聞いたりしていく中で、少しずつ自分のことを語り始め、そろりとの会話で心のささくれを癒やしていくのだ。この料理も本作のポイントのひとつで、各話のタイトルがそれぞれのメニュー名になっているのだが、作り方まで紹介されていて、読んでいるこちらも思わず食べたくなるほど印象的。つい自分でも作ってみたくなるだろう。

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 最終話「春一番のコトダマ」では、喫茶ドードーの常連で、店名のもとになった“絶滅した鳥類ドードーの絵”をプレゼントした睦子と店主そろりの思いが語られ、各話に登場した人々のその後が描かれる。そろりは彼女たちに思いを馳せ、春風を使ってちょっとした“遊び”をする。

「傷ついた言葉たち、傷つけた言葉たち、みんな飛んでいけ」

 人は他者の言葉によって時に傷つくことがあるが、そうした傷を癒やしてくれるのも、また他者の言葉なのだろう。喫茶ドードーは心に降る悲しい雨をしのぎ、晴れ間が出るような温かい言葉をかけてくれる場所。その優しさにほっと一息つけるような小説だ。

(文=橋富政彦)