永田町を裏で操るひとりの新聞記者。昭和のフィクサーをめぐる政界とメディアの闇を描いた『キングメーカー』
公開日:2023/3/15
長年にわたり永田町を裏で操り、総裁選の動向すらも手中におさめていた記者がいた――という、昭和のフィクサーをめぐる政界とメディアの闇を描いた『キングメーカー』(本城雅人/双葉社)。それが陰謀論めいた絵空事ではないことは、巻末の参考文献にもある人物の名を見てもわかる。「20年の新聞記者生活の悔悟と葛藤を込めて、この物語を書きました」と著者がコメントを寄せているとおり、本作はフィクションとしてのエンタメ性を重視しながら、報道の良心とそのふるまいの是非を問うものでもある。
小さな通信社で名をあげ、日西新聞の政治部に中途入社した木澤行成。御年69の彼が、定年退職後の今も、上席編集委員として権威をふるうのは、与党の懐に深く入り込み、政界を牛耳ってきたとされる名物記者だからだ。元首相をつとめていた海老沢一徳の足跡をたどる連載をまかされた、やはり中途入社の国枝裕子は、取材という名目で木澤についてまわることになる。そこで、清濁あわせのむ木澤の手法をまのあたりにし、正義感をふりかざすだけではまかりとおらない政治記者の現実を知って成長していく姿が描かれていくのか、と思いきや、物語の合間に挟み込まれるのは、海老沢ではなくなぜか木澤の回顧録。見えてくるのは、国会議員との“絆”を大切にする木澤の一面だ。
秘密(オフレコ)と約束したことは、それがどれほどのスクープであったとしても必ず守る。国会議員の不祥事をもみ消し、弱みを握ることで交渉材料にする。良きにつけ悪しきにつけ、木澤は人間関係を大事にすることで誰にも負けない情報網を敷き、地位を確立させてきた。そのふるまいは決して正しくはないが、間違ってもいないのではないかと、一見思わされるところがある。政治家同士が直接対話して決裂したら言い出しっぺが不利になるし、部外者である政治記者が調整役を買って出ることで保たれるバランスもある。という木澤の弁にも、なるほどと思ってしまう。だからこそ、木澤の論理はまかりとおり、地位を築いてこられたのだろう。
だが、どんなに有能でも、感情をもつ一個人である以上、判断にはバイアスがかかるし、記者としての公平性と客観性は失われていく。個人が他を支配する権力をもつことが、やがてどのような影響を及ぼしていくのか。木澤の回顧録がさしはさまれている理由の判明する後半で、怒涛の“ひっくり返し”が起きていくさまには、ページを繰る手が止まらなかった。正直、前半は、男女の垣根を越えて戦おうとしているはずの国枝裕子が、木澤の論理に呑み込まれていくさまに、やや不完全燃焼なものを感じていたのだが、その印象がひっくり返されるところもまた、読みどころの一つ。時代が変わる、価値観を変えていくとはこういうことなのだという著者の信念も感じる、重厚な社会派ミステリである。
(文=立花もも)