恩田陸の人気作が文庫化!廃ビルに現れる都市伝説の“少女”…モノに秘められた記憶がみえる弟とその兄のファンタスティックミステリー
更新日:2023/7/7
古い建物には記憶が宿る。そこで生き、生活してきた人たちの感情が蓄積されている。もし、それを感じ取ることができたとしたら…? 『スキマワラシ』(恩田陸/集英社文庫)は、そんな特殊な力を持つ弟が、その兄とともに、不思議な少女と出くわす物語。再開発予定の地方都市を舞台としたこの作品には、ノスタルジックな空気が充満している。不思議さ満点。最近文庫化されたばかり、これからますます話題を呼ぶに違いないファンタスティックミステリーだ。
主人公は、古道具店を営む兄の仕事を手伝うかたわら、その店の一角でバーを開いている弟・散太。モノに触れるとそこに秘められた記憶を感じ取ってしまう力がある彼は、ある日、天板にタイルの入ったテーブルに触れた時、亡き両親にまつわる強い思念を感じ取った。何でもそのタイルは、古い建物を解体した時に、内装に使われていたタイルを再利用して作ったものらしい。そのタイルは他の場所でも使われているのではないか。それ以来、散太は、兄とともにそのタイルを探しては、両親の面影を追い求めるようになる。
同じ頃、兄弟は、ビルの解体現場で目撃された少女の噂を耳にする。白いワンピース、麦わら帽子、三つ編みのお下げ髪。手には、昆虫採集に使う空色の胴乱と虫取り網を持った少女は、あらゆる建物の解体現場に出没しているようだ。「今どきの座敷童子は、日本家屋じゃなくビルに棲んでいるらしい」。兄と仕事仲間のそんな会話を耳にした聞いた散太は、彼女を、時代と時代のスキマ、人と人との記憶の合間に生まれた「スキマワラシ」と呼ぶことに。そして、兄弟も、実際にこの少女と遭遇することになるが、同時にある事件に巻き込まれてしまう。
欄間、窓枠、古い板戸、襖についている金具の引手。元々は診療所として使われていた空き家。ギャラリーとして転用された古い二階建ての日本家屋。消防署として活用されている移築された洋館……。この物語では古道具とともに、古い建物が数多く登場し、私たちの郷愁を誘う。散太は古いモノが持つ記憶に否が応でも呼び寄せられていくのだが、そんな彼を支える兄とのやりとりはなんて微笑ましいのだろう。ふたりの絆を感じさせられ、何だかほのぼの。だからこそ、より一層、散太がそのモノたちの記憶に引き込まれていく場面ではその緊迫感に息を呑む。耳元で鳴る風の音。揺らぐ空気。確かに感じる熱気。散太が体験したのと同じように、私たちも、モノたちの持つ記憶の世界に溺れてしまう。
どうしてタイルに散太たちの両親の記憶が宿っているのだろうか。タイルが見つかる場所では、スキマワラシに出くわすことも少なくないようだが、それはなぜなのだろうか。スキマワラシとは一体何者なのか。散太たちの両親はどんな秘密を隠していたのか。——とにかくこの物語は謎だらけ。謎が謎を呼んで止まらない。そして、一見関係のないように思える数々の謎や小話がページをめくればめくるほど、鮮やかにつながりあっていくのだ。
街が変わる、時代と時代のスキマにスキマワラシが現れるのならば、コロナ禍と、ポストコロナのはざまの今も、どこかにスキマワラシが潜んでいるのではないだろうか。ついついそんな想像を膨らませてしまうこの物語は、ファンタスティックな内容を描きながらも、どこか懐かしい。ちょっぴり奇妙で、ちょっぴり怖くて、それでいて、読み終えた時、ひとつの夏を経験したような爽やかさがある。消えゆく時代と新しい時代のはざまで巻き起こる、この不可思議な物語をぜひともあなたも体感してみてほしい。
文=アサトーミナミ