松本零士『男おいどん』は未来ある若者たちへのエール! 運なし金なし学なしの男が風呂なし四畳半で抱く大きな夢

マンガ

公開日:2023/3/17

男おいどん
男おいどん』(松本零士/講談社)

 昭和の時代、大望を抱き北九州から上京してきた若者がいた。その若者――“おいどん”こと大山昇太が、学も金もないなかで必死に四畳半の部屋で生きる様を描いたマンガが『男おいどん』(松本零士/講談社)である。本稿のライターが先日85歳でこの世を去った松本零士氏の作品を紹介したいと思ったときに、まっさきに思い浮かんだのが本作である。

 松本氏の代表作というと『銀河鉄道999』(少年画報社)や『宇宙海賊キャプテンハーロック』(小学館)などの、アニメにもなっているSF作品が有名だ。しかし『男おいどん』をはじめとした「大四畳半シリーズ」もまた、松本氏を語るうえで欠かせない作品群である。そこには松本氏の、九州から上京して売れっ子漫画家になるまでの苦労エピソードがちりばめられており、自伝的な内容になっているのだ。

 ある一定以上の年齢の男性ならば、四畳半の部屋で、貧しいながらも前向きに暮らす主人公のおいどんに、まるで昔の自分を見るような懐かしさを感じるのではないだろうか。私は今回読みなおしてみて、懐かしさの他に別の視点でも本作を楽しめると気づいた。

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運なし金なし学もなし……東京の四畳半で生きる男、おいどんとは?

 昼間に工場でバイトし、大学に行くために夜間高校へ通う九州男児・大山昇太(以下、おいどん)。ある日仕事をクビになり、定期収入がなくなったため高校を中退することに。風呂なしの四畳半部屋に住み、中華屋のラーメンライスをたまのご馳走として生きるおいどんは、今日も高校への復学を目指してアルバイトをし続ける。金のない大学生がモラトリアムを謳歌するのとは違い、おいどんは食事もままならず、家賃も滞納するような極貧生活を送り追い詰められている。だが不思議と悲壮感はない。

 おいどんは、楽しそうな学生や金持ちを見て、妬んだり落ち込んだりすることもある。しかし驚くほど前向きなのだ。彼のとりえは無芸大食人畜無害。そのうえ、みえっぱりでおひとよし、バイトも失敗続きでツキもなくすぐ人にだまされる(主に女性に)。それでも「いつかは……!」と強い気持ちで立身出世を夢見ている。だからだろう、彼の周りにいる人間たちの多くはあたたかい。家賃を待ってくれている大家のおばさん。たまにラーメンライスを食べさせてくれ、店でアルバイトもさせてくれる中華食堂店主のおじさん。そして「汚い」「だめな人」などと言いつつも、おいどんになぜか絡んでくる同年代の女子たち……。

 かなり時代を感じるところはあるものの、貧しくも美しい青春ストーリーとしては今もなお唯一無二の作品である。笑えるし、時には胸に来るものがあるし、たまにしんみりと泣けるところもある。そしてしょっちゅう出てくる卵入りラーメンライスが食べたくなる。

 私も20代は貧しいフリーターだった。おいどんと同じく無芸大食人畜無害で、四畳半ならぬ和室の六畳一間で生きていた。ただ私の場合は単に生活費を稼いでその日暮らしをしていただけで何の夢ももっていなかったし、世話をやいてくれる大家さんもいなかったけれど。とにかく彼とそう変わらない生活をしていたこともあり、本作を読むと懐かしさと共に、当時の記憶や感情が呼び起こされた。大家のおばさんのセリフは、おいどんへの愛を感じて今読んでもぐっとくる。

どんな男でもくやしいときには泣くもんさ
みんなそうだったよみんな
そしてね
いずれ一人前になるのさ
はずかしいことじゃないよ

未来ある若者たちへの応援歌

 もし私の目の前においどんがいたら、大家のおばさんや中華屋のおじさんと同じように助けるだろう。大人になってみると、おばさんやおじさんが彼に手を差し伸べたくなる気持ちがよくわかるからだ。おいどんには失敗ばかりで金もないけれど未来があり、まだ道半ばである。私たちは彼が今後も経験するであろう面倒や失敗、そして人生の厳しさを知っていて、彼がつまずいても立ち上がり成功することを望む。

 正直に書くと「過去の自分がやりたくてできなかったことを実現してほしい」そもそも「若い頃に戻りたい」「もう一度やりなおしたい」というエゴもある。だが夢多き若者たちを応援し、彼らの成長を見ることは単純に気分がいいのだ。おいどんの周りにいる中高年の登場人物たちも、完全に“親目線”で励ましている。本作は今ならばこうやって読めるのだと知った。物語の途中、おいどんが数年にわたる悪戦苦闘の末に再び高校へ通うようになるところは、こみ上げるものがあり、元気をもらった。

 失敗続き、ついでに失恋続きのおいどんが、歯を食いしばって耐えて不屈の精神と前向きな気持ちで生きていく様を、昔おいどんだったすべての人たちに、ぜひ読んでもらいたい。

 そして松本零士先生、本当にありがとうございました。

文=古林恭