連載15年!プロ歌人を輩出し続ける『短歌ください 海の家でオセロ篇』出版記念イベントレポート
公開日:2023/3/29
歌人・穂村弘さんが、読者から投稿された短歌を選んで講評する「短歌ください」は、『ダ・ヴィンチ』が誇る長寿連載。連載開始から15年経った今も、毎月1500~2000首の投稿が寄せられている。そんな人気連載の書籍化第5弾となる『短歌ください 海の家でオセロ篇』(穂村弘/KADOKAWA)が2023年2月2日に発売。
その発売を記念して、2月26日に歌人たちのトークイベントが開催された。穂村弘さんに加え、岡野大嗣さん、木下龍也さん、鈴木晴香さんの3名がゲストとして出演。「短歌ください」の歴史で数多の採用数を誇り、現在プロ歌人として第一線で活躍している歌人同士で、「短歌ください」の収録歌や、歌人としてのキャリアなどを巡るトークを繰り広げた。本稿では、その前半パートをレポートする。
まずは「短歌ください」の収録歌の中から、ゲスト同士がお互いの好きな歌を紹介。
■岡野大嗣さん選歌
「永遠に補修をされることがないビート板には誰かの歯形」(木下龍也さん)
「できたての畳に醤油を垂らしたら成田空港の匂いになった」(鈴木晴香さん)
岡野:木下さんの歌は、自分にしか良さがわからないんじゃないかというような、自分しか見たことがないような景色を歌にされていて、「先を超された!!」という気持ちになりました(笑)。鈴木さんの歌は……鈴木さんの歌の中では少し異質な感じがあるのですが、畳という場所からまったく違う場所に連れていく力は、鈴木さんらしいなと思います。
■木下龍也さん選歌
「誰だろう毛布をかけてくれたのは わからないからしあわせだった」(岡野大嗣さん)
「犯人は朝のコップを洗い終え、その時はまだ犯人でなく」(鈴木晴香さん)
木下:岡野さんの歌は、岡野さんの魅力が存分に表れていると思いました。誰がかけてくれたのかわからないからこそ、ふわふわとした幸せに浸ることができるわずかな時間を、子どもの手を握るぐらいの握力で書けるという……。鈴木さんの歌は、誰かの「まだ犯人ではない時間」を捉えた一首ですよね。この歌を読むと「罪を犯す」という非日常な出来事は、実は自分の日常とも地続きにあって、たまたまそっちに分岐しなかったんだなと思わされる凄みがあります。
■鈴木晴香さん選歌
「#あと二時間後には世界消えるし走馬灯晒そうぜ」(岡野大嗣さん)
「カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる」(木下龍也さん)
鈴木:岡野さんの歌は、まず「#」から始まるところがかっこいいんですよ! そして最後の2時間をパソコンやスマホの前でつぶやき続けて終えるというのが、すごくディストピア的なイメージで。でもパソコンやスマホの画面も、走馬灯も、きらきらした光のイメージは共通してあって。現実的な夢があるっていうのかな……そこに実は希望があるんじゃないかという気持ちになりました。木下さんの歌は、有名な一首ですよね。五七五だけだとおっちょこちょいエピソードなんだけど、「僕は世界に閉じ込められる」で世界がぐわんと歪んで、認識が揺さぶられる。私たちはこの世界のほうに閉じ込められていて、しかも外へ出るドアはない。こんな重要なことに気づかずに生きてきたのかと思ってしまいます。
さらにゲスト3名は、新刊『短歌ください 海の家でオセロ篇』の収録歌から、「すごいと思った歌」をそれぞれ紹介。
■岡野さん選歌
「母の手をちょっとはなれておにぎりが空中にある時間があった」(式守操さん)
「投票を済ませた後に少しだけ運動場を眺めて帰る」(曾根毅さん)
岡野:こういう一瞬、ゼロコンマ何秒というところを作品にできるのってすごいなと思います。おにぎりが手から離れて空中にある時間なんて、今まで誰も知ろうとしなかったはず。
穂村:写真などでも、あり得るまなざしかもしれない。自分が写真家ならおにぎりが手から離れた瞬間には価値があるだろうな、と。
岡野:曾根さんの歌も、こう書かれないとその時間はなかったことにされる、というような時間に着目していて。そういう歌にすごく惹かれます。
穂村:現代短歌の価値って、こういうところにあるもんね。
■木下さん選歌
「2周目の輪ゴムは少し細くなり1周目の輪ゴムと重なる」(平井まどかさん)
「きみの眼鏡を割りたい白杖を折りたい盲導犬を食べたい」(岡田未知さん)
木下:平井まどかさんの歌は、もうこんなところを書かないとダメなんだというか……。あらゆる隙間が「短歌ください」で埋められているんだと、思わず怖くなりますね。いつか自分が輪ゴムに着目したとき「あ、もうある!」となってしまう。
穂村:人間の解像度ではないというか、神様レベルの視線だよね。でもこれが見えないのは、我々が生産性とか利益とか、社会的に価値があるとされているものを見ようとしているバイアスがあるからかもしれない。
木下:岡田さんの歌は、最初は不器用な愛の歌だと思ったんですが、もしかすると支配欲が剥き出しの歌なんじゃないかとも思えてきて。「きみ」の眼鏡を割って白杖を折って盲導犬を食べて、「きみ」の目の前には私だけがいる。衝撃度でいえば本書で一番でした。
穂村:極限まで圧縮すると「きみの目を食べたい」という歌になるのかな。愛と支配欲が同化しているゾーンで書かれているというか。ただ、「食べたい」でなければ採用できないね。「殺したい」では採れない。
■鈴木さん選歌
「米粒が一つこぼれる おむすびはまだおむすびの形をしている」(がねさん)
「無の色は黒だとおもうひとたちと白だとおもうひとたちがいる」(シラソさん)
鈴木:がねさんの歌は、穂村さんが「詠われた以上の大きな何かを指し示しているようにも感じられる」とコメントされているのですが、本当にそう思います。命とか、心臓が止まってもまだ温かいとか、色々なことを想像させるのですが、歌としてはそんな意図を持っていなくて、おむすびの話だけをしているところが魅力的だなと。
穂村:何粒目からおむすびじゃなくなるのかって、どうしても考えちゃうね。
鈴木:シラソさんのは……すごい歌ですよね。詠み手は、どちら側でもないと思うんです。「黒だとおもうひとたち」も「白だとおもうひとたち」も遠くに見ている感じ。そこにすごさがあると思います。
岡野:「シラソ」じゃなくて、ニーチェとか、レオナルド・ダ・ヴィンチとか、過去の偉人の名言レベルに感じますね。
穂村:「無の色は」って、書き始めないもんな……。
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後半は「歌人としての活動の仕方について」。第一歌集を出すに至った経緯や、キャリアの重ね方が赤裸々に語られた。鈴木さんは、歌集を出す勇気が出なかった時期に、木下さんと岡野さんに背中を押されて出版を決心したというエピソードを語り、「短歌ください」投稿者同士の絆も垣間見えた。
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2時間にわたる濃厚なトークイベントは、読者による質疑応答をもって、盛況のなかで終了した。「短歌ください」で穂村さんに才能を見出され、のちにプロ歌人となり、短歌シーンの第一線で活躍する3名は今も活躍の場を広げている。
木下:第三歌集『オールアラウンドユー』(ナナロク社)を2022年に出版しました。また「OHTABOOKSTAND」というサイトで、鈴木晴香さんと連載「荻窪メリーゴーランド」を持っています。岡野さんも同サイトで連載しているので併せてお読みいただければと。
岡野:木下さんにご紹介頂いたとおり、OHTABOOKSTANDで「うれしい近況」という連載を持っています。また個人では無料メルマガ「たやすみなさい通信」を配信している他、短歌教室の講師もやっています。4月からはNHK短歌(Eテレ)で選者を務めることになりました。最新歌集は『音楽』(ナナロク社)。増刷ごとに背の色を変えていて、今は水色と黄色と白があります。
鈴木:第二歌集『心がめあて』(左右社)には、『短歌ください 海の家でオセロ篇』に収録されている私の歌の大半が収められています。また私も短歌教室の講師をしており、自由が丘の「よみうりカルチャー」、田原町の「Readin’ Writin’ BOOKSTORE」でお話ししています。ぜひお越しください!
穂村:「短歌ください」は、ずっと続けるつもりです。連載を続けている間、震災があったり、コロナ禍があったり、戦争があったり――いろいろなことがありました。このシリーズは、日本語を使う人々の心や感情の記録になりつつあると感じていて、とても大事に思っています。今回登壇した3名のようにずっと輝いている人もいれば、たった一首の傑作を残してくれた人もいる。短歌というのは、“詠み人知らず”の歌が千年も残っているようなジャンルですから、そういった輝きも記録できている喜びが、どんどん大きくなっています。これからもぜひ、もっと短歌ください。
「短歌ください」はダ・ヴィンチWebの下記ページから、365日24時間応募受付中。ぜひ穂村さんに、渾身の短歌を届けてみてほしい。
■短歌ください 応募コーナーは【こちら】