『裸の王様』『マッチ売りの少女』…不幸な結末を迎えたキャラクターたちを救え! よく知るあの物語が変えられていく!? ファンタジー&ミステリー小説

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/20

〈もしも僕が主人公なら 僕は人の心が見えて 君の狭く脆い世界を救う 僕を救ったように〉――『それを世界と言うんだね』歌詞より

 ポプラ社の児童文庫レーベル「キミノベル」が2021年夏に開催したキャンペーン「キミノウタ」。HP内で子どもたちから歌詞を募り、それらをカンザキイオリ氏が楽曲化。バーチャルシンガーの花譜氏が歌って話題を呼んでいる『それを世界と言うんだね』。

 この曲をモチーフにした物語を、青春小説から恋愛、ミステリー、将棋と幅広いジャンルで活躍する人気作家・綾崎隼氏が書き下ろした小説が『それを世界と言うんだね』(ポプラ社)だ。

 単行本バージョンとは別に、漢字表記のいくつかを平仮名にし、白身魚氏のイラストを添えたキミノベル版も同時に発売された。

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 舞台は、物語管理局という時空の狭間。そこで目覚めた記憶喪失の少女カーレンは、“王子”と呼ばれる少年と出会う。ここは、さまざまな物語の中で不幸になったキャラクターが最後にたどり着くところだ。『みにくいアヒルの子』のアヒルや、『ジャックと豆の木』で主人公ジャックに、巨人である父親を殺されてしまった子どもたちなどが暮らしている。カーレンは、そうした悲しい思いをするキャラクターたちを救う“物語管理官”となる。

 作中にはいろいろな物語が出てくる。『マッチ売りの少女』『裸の王様』……。これらの世界にカーレンは王子と共に飛び込み、物語を改変していく。

 このあたりは名作児童文学の紹介と、各作品に込められた作者の意図や社会的背景を読み解くというビブリオトーク的な楽しさもある。

 ちなみにカーレンと王子も物語のキャラクターである。

 物語管理局にいるということは、彼らもまたハッピーエンドになれなかったキャラというわけだ。カーレンが生きた物語は『赤い靴』なのだが、王子の方の物語はなかなか明かされない。“王子様”が登場し、かつ不幸に見舞われる物語とはなんだろう……? と想像しつつ読者は読んでいくだろう。

 順調に任務を遂行する新米物語管理官カーレンに与えられる次なるミッションは、『人魚姫』。激ムズである。これほど報われない恋心を痛切に描き抜いたお話があるだろうか。

 人間の王子を愛してしまったがため多くの代償を払って自らも人間になるものの、最後は海の泡となる人魚姫。いったいどんな手を講じたら彼女をしあわせにできるだろう。

 任務に臨もうとするカーレンの前に王子が現れ、思いもよらない事実を告げる――。

 ここから自由奔放に作者の筆は世界を駆ける。『人魚姫』の物語内に飛び込んだ王子が直面する、予期しなかった真実。同様にカーレンが知ることになる、この世界に秘められた大いなる謎。

 第一部「私の物語」ではカーレン視点でストーリーが進行し、第二部「僕の物語」では王子視点から展開していく。続く第三部「誰がための物語」では、そこに至るまで周到にちりばめられていた作者からのヒントが鮮やかに、感動的に収束されてゆく。そう、本作は冒険ファンタジー小説であり、少年少女の成長を描いた物語であり、作者の真骨頂であるミステリー小説でもある。

〈君は述べる 過去を語る 誰かを描く 誰かを願う ようやく気づいたんだ それが世界になるんだね〉――『それを世界と言うんだね』歌詞より

 物語に出会うことは、世界に出会うこと。

 子どもたちがたくさんの物語と出会い、世界の広さに気づき、自分自身が主人公の物語≒人生を楽しく生きていけますように――。そんな祈りのような思いが伝わってくる物語だ。

文=皆川ちか