起きた瞬間から疲れているあなたへ――眺めているだけで癒やされるセルフケア実践本
公開日:2023/3/30
現代を生きる私たちは皆、疲れている。仕事に疲れ、人間関係に疲れ、SNSに疲れ……という感覚は、誰にとっても馴染み深いものだろう。
精神科認定看護師の小瀬古伸幸氏による『人生をゆるめたら自分のことが好きになった』(小瀬古伸幸:著、穂の湯:イラスト/KADOKAWA)は、そんな疲れを癒やすためのメンタルケアの実践本だ。「仕事が忙しすぎてつらい」「気分の波に振り回される」「頼まれたことを断れない」といったモヤモヤを抱えているのに放置しがちな私たちに向けて、悩みとの向き合い方や具体的なケアの方法を教えてくれる。
著者の小瀬古氏は、精神科に特化した訪問看護を実践している看護師。看護師といえば、病院にいるイメージだが、小瀬古氏は在宅医療における精神疾患のある人のケアを専門としており、本書の中でも日常会話のようなわかりやすい語り口でこころの悩みについて解説している。また、穂の湯氏による描き下ろしイラストも読者の心を和ませるのに一役買っている。
本書の魅力は“わかりやすさ”と“実践”を重視している点だ。メンタルケアの解説書の中には、専門的すぎてわかりにくかったり、あるいは“気の持ちよう”のような表面的なアドバイスに終始してしまったりするものもある。一般的な読者にとっては専門用語は難しいものだし、「気分を変えよう」といった表面的なアドバイスには「それができるならやってるわ!」と毒づきたくなったりもする。“わかりやすさ”と“実践”に重きを置く本書では、日常生活で感じる不安やストレスを事例として取り上げつつ、具体的な対処法を「ワーク」という形で紹介している。例えば「ずっとモヤモヤしている」という悩みに対するワークは「感情の成分表を作る」というもの。小瀬古氏の優しい語り口の解説も読みやすく、どの項目も背中をそっと押してくれるような感覚で、私たちに「これならできるかも」と思わせてくれる。
本書のワークには、訪問看護によるメンタルケアを積み重ねてきた著者の経験も活かされている。訪問看護では、患者の日常生活へのアプローチが重要であり、そういう現場で培われてきた深い知見が、本書のわかりやすい表現の中に込められている。
悩みとしっかり向き合おう、と簡単に言われたりもするが、そもそも疲れているときほど自分のメンタルと向き合うのは難しく、そしてつらい。だからこそ、気軽に手に取りやすい本書は心強い存在だろう。メンタルクリニックや心療内科に通うほどの症状ではないと思いながらも、こころの不調を日々感じている人は少なくないはずだ。そんなふうに“病”と“不調”の狭間で日常を過ごす私たちに、本書はちょっとした安らぎを与えてくれる。
もしかしたら「自分自身のこころをケアする」というのは、「自分自身におつかれさま」と声を掛けるようなものかもしれない。自分のことをねぎらい、ありのままの自分を認める。そんな当たり前のことを、疲れきった私たちはつい忘れてしまう。
嫌なことがあった日、自分のことが嫌いになりそうな日、「今日もおつかれさま」と自分をねぎらいながら本書のページをどこでもいいから開いてみると、少しだけ心が軽くなるはずだ。
文=山岸南美