「小説家は新人賞を獲れば食える」ってホント? 売れない苦悩を赤裸々に綴った『エンタメ小説家の失敗学』

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/30

エンタメ小説家の失敗学~「売れなければ終わり」の修羅の道
エンタメ小説家の失敗学~「売れなければ終わり」の修羅の道』(平山瑞穂/光文社)

 小説家という職業に憧れを抱いている人は多いことだろう。中には「新人賞さえ獲れればどうにかなる」と執筆活動に励んでいる人もいるかもしれないが、たとえ、賞を受賞できたとて、現実はそう甘くはない。その先に待ち受けているのは、修羅の道。執筆した書籍の売り上げが振るわなければ、瞬く間に出版社や編集者から見向きもされなくなってしまう。

エンタメ小説家の失敗学~「売れなければ終わり」の修羅の道』(平山瑞穂/光文社)では、そんな小説家になった以降の苦悩の日々が綴られている。著者の平山瑞穂さんは2004年に『ラス・マンチャス通信』で第16回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、その後、18年強にわたって、評論も含めて29もの作品を発表してきた小説家だ。映画化された作品もあれば、10万部超えのヒットとなった作品もある。そんな事実だけを知れば、順調な作家人生を歩んできたように思えるが、当人曰く、その道のりは「悪戦苦闘の連続」。平山さんは小説家を目指す人たちが「同じ轍を踏まないように」と、数々の“しくじり”を赤裸々に告白している。

 平山さんの失敗談はそのどれもが身につまされるというか、何だか他人事には思えない。平山さんが新人賞への応募を始めてからデビューするまでに要した歳月は13年間。落選続きの日々に焦りを感じて、純文学系の新人賞だけでなく、他ジャンルの新人賞に目を向けるのは当然だろう。純文学一本槍だった彼が、日本ファンタジーノベル大賞を受賞後に、受賞作の出版に向けた改稿の時に経験した苦労も、売れ行きがイマイチだった時の絶望も想像に容易い。

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 必死にエンタメ文芸の流儀を習得して、2作目はヒットを飛ばすも、思ったようなブレークスルーとはならず、平山さんは、他の出版社の編集者から指示されたオファーに飛びつき、3作目として、持病を主題とした自伝的小説を刊行する。作家の最初の数作というのは、その書き手の「作家像」を形成する重要な契機となるはず。1作目・2作目ではファンタジー小説を書いていたのに、わずか3作目で大きく路線を変えたことに対して、平山さんは「『いったいこの作家は何が書きたいのか』といたずらに読者を混乱させたのでは」と悔やんでいるが、誰だって功を焦ってしまう場面だろう。もし自分が彼の立場だったら、同じ行動を取ってしまうように思えてならない。

 編集者との関係性も難しい。どんなに編集者の評判がよくても、一般読者にウケることは限らないし、それでも、編集者からの納得できない要求を拒みにくく、それで後悔することは少なくない。それに「この小説家には売れる見込みがある」という期待があるうちは、編集者は良き相棒となるが、その見込みがなくなると、彼らは驚くほど素早く逃げていく。「売れなかった」というデータが蓄積されていくと、作品の良し悪し以前に出版社は「この作家の作品は(どうせ売れないから)書籍化できない」という判断が下すようだから、編集者としても心苦しくて、会わせる顔がないのだろう。だが、うまくいっていた頃、自分の作品や才能への惜しみない賛辞は何だったのか。鮮やかすぎる手のひら返しに、平山さんをはじめ、どれほど多くの小説家たちが傷つけられてきたのだろうか。

「それでも僕はまだ、あきらめていない。あきらめてしまったら、その時点ですべてが終わりなのだ。僕はそうして十三年間の孤独な応募生活を生き抜き、プロの作家になったのだ。十年やそこらの苦境など、今さら屁でもない。その言葉を、小説家になりたいと願うすべての人々に贈りたい。」

 うまくいかない日々が続いても、失敗続きだとしても、平山さんは諦めない。自分自身の才能を信じ抜き、執筆活動に励むそんな彼の言葉に心揺さぶられる。この本は、小説家志望者や編集者はもちろんのこと、小説を愛するすべての人が読むべきだ。小説家がどんな思いを抱えて自分の作品を書いてきたのか、どんな失敗を重ねてきたのか。それを知ると、何だか背筋が伸びる気持ちにさせられる。

文=アサトーミナミ